Tuesday, January 01, 2008

NORIKIYO - EXIT



 同じ時期のインタビューで「もう日本語でラップすることなんて誰でも出来る」という内容の発言をメインストリームではZeebraが、アンダーグラウンドではNorikiyoがしていました。そしてまるでその発言を証明するかのように、テレビでは芸人がたった数週間の練習でタイトでハーコーなライミングを披露してみせ、インターネット上では数日前までヒップホップなんか聴いたことなかったような素人が自宅でマイクをパソコンに繋げてニコニコ動画に自作のラップを配信しています。こういった発言や現象を実際に見られるようになったという意味で'07年ほど"日本語ラップは変化した"と思った年はありません。

 KRS-ONEが「ヒップホップの黎明期にリスナーは特徴的な声を持つラッパーを好んで聴いていた。しかし、しばらく経つと声だけではなくラップの上手さが注目されはじめた。さらに時代が進んで皆のラップが上手くなってくるとリリックの内容が重視されるようになった。」という風にアメリカのヒップホップの変遷を語っていたようですが、まさにその歴史をなぞるかのように日本の新進気鋭のラッパー達は単純にラップスキルを競い合ったりだとか、ただカッコいい言葉を操ろうとするのではなく、自分達が生活して実際に見ているストリートの風景をリリックに落とし込み、リスナーとその風景を共有しようとするのです。

 彼らが無邪気にラップの良し悪しで優劣を決めようとするのではなく、聴き手をストリートに引き込むようなラップのスタイルに変化しているのは、前述のラップの一般化に対するカウンター的なもの、もうどこの誰でも出来てしまう日本語のラップを敢えて、ラッパーとしてやっていることへの問い、すなわち" ラッパーとは何者か?"という根本的な問いかけへのスタイリッシュな一つの回答と言えます。ストリートを知らなければ描けないモノが確かにあるのです。

 このNorikiyoの『EXIT』はラップにもトラックにもさしたる特徴や起伏があるわけでもない、そこだけで見るととてもフラットな内容の作品です。それ故、日本語ラップをあまり聴いていない人へ「この中にはストリートからのメッセージが詰まっている」と声高く訴えてみたところで一笑に付されてしまうのも仕方のないことなのかもしれません。しかし、どうにもこうにもうだつのあがらないクソな生活の上にこそストリートが広がっていることを知り、そんな場所で生きていくためにハスリングしているB-BOYたちがその情景を誰よりも巧く詞として紡ぐことが出来ると知ったとき、このアルバムに詰まっているメッセージのおもしろさに気付くはずです。

「ネオン街眩しい夜の蝶 / こっちゃ電灯集っちゃバタつく蛾のよう / 日銭、飯の種足んねぇや万券 / 腹空かす野良犬が街を彷徨う / STRAID UP! プロミス調子はどう? / 金ならまだだよ許しを請う」

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