RHYMESTER "The Choice Is Yours"の先にあるsoakubeats『Never Pay 4 Music』とtrinitytiny1『log!cmushroom』と"1リスナー1アーティスト1レーベル"の時代について
RHYMESTER "The Choice Is Yours"
衆議院議員選挙にタイミングをあわせて公開されたRHYMESTERの"The Choice Is Yours"は、震災でダメージを受けた日本を復興していくためにはひとりひとりの行動が必要だという「やるのは君だ!」をテーマにした至極真っ当なメッセージソングだった。
おそらくは多くのリスナーがこの真っ当なメッセージソングをポリティカルな意味を持つラップ曲だと捉えるのだろうけども、ネットを中心に音楽シーンを追っているリスナーが聴くとそういう政治的な面とはまた別の意味にも聴いて取れるのではないだろうか。つまり、かつてRHMESTERがうたっていた「どんなアマチュアでもラップは作れる」という"ザ・グレート・アマチュアリズム"をもっと先に進めた「オマエひとりでなんでも出来る」というようなポジティブなアマチュア賞賛ソングのように。
ONE YEAR WAR MUSIC、DREAM BOY、鎖グループ、BULL MOOSE、BLACK SWAN、How Low、rev3.11、あるいはCREATIVE PLATFORMも含めて良いかもしれない。2011年末から2012年にかけて続々と日本のヒップホップレーベルが立ち上がって、いろんなレーベルから若手ラッパーからベテランラッパーまで、さまざまな楽曲がリリースされた。これらのレーベルはアーティストが起こしたものもあれば、プロモーターのようなフィクサーがつくったものもあるし、企業が資本を流しているものもあれば、自分たちの身銭を切って切り盛りしているものがあるけど、そんな中でごく少数の人数だけで音楽の制作から広告、流通までをカバーして機能しているレーベルも多いだろう。
2010年に刊行された「未来型サバイバル音楽論」で著者のひとりである牧村憲一は"一人1レーベル"という言葉を使って、音楽を制作するには昔ほどの資金、人材、営業力、プレス工場はいらなくなった、ということを書いていた(ちなみに、彼はレーベルを運営するには身近で批評してくれたり、拍手してくれる人は必要と言い最低2人で運営することをすすめている)が、2011年から2012年にかけてフリーでの楽曲リリースが増えていったことからもわかるように、"ただ音楽を作ってリリースする"ということだけを考えるならば、YouTubeやSoundCloudなどでアーティストが1人で音楽をつくってリスナーに届けることが普通になった現在こそ"一人1レーベル"の時代と言い切ってしまえる。
2012年で、こういった"一人1レーベル"の時代を象徴するエポックメイキングな作品と言えばsoakubeatsとtrinitytinyがドロップした作品、『Never Pay 4 Music』と『log!cmushroom』。これらは"一人1レーベル"の時代をもっと推し進めた"1リスナー1アーティスト1レーベル"の時代をあらわしている。
soakubeats 『Never Pay 4 Music』
trinitytiny1 『log!cmushroom』
この2つのどちらもがビートメイカーのアルバムで、どちらのアーティストもトラックを作り始めてからまだ2年くらいしか経っていないというところが共通している。彼らはほんの2年前まではリスナーとして音楽を享受する立場だったけども、例えばsoakubeatsはGRIMEやROAD RAP、LEX LUGERのビートを聴いたことをキッカケにトラックを作り始めたという。
soakubeatsも、trinitytiny1も、彼らがリスナーとして流行りの音楽を追っていくなかで、他の日本人トラックメイカーがまだ発見できていなかったり、クリエイトできていないものにフォーカスをあてて楽曲を作っているという点で、いま現時点で他のどんなプロのトラックメイカーとも違う新しい音楽の"面白さ"や"独創性"を掘り起こしているカッティングエッジに立つクリエイターだと言っても差支えないだろう。LEX LUGERプロダクションのビート、TRAP、FOOTWORK、GRIMEなど、いろんな音楽を独自に翻訳した彼らのビートを聴けば、その独特さに耳を奪われるはずだ。リスナー/愛好家がその音楽が持つ先端の面白さを、アーティストに立場を変えて翻訳/発表をしているという構図は、"インターネット時代"よりもずっと昔から一般的なものだけども、インターネットで新陳代謝が激しくなり、様々なベクトルを持つ楽曲がタコ壺のように細分化されて出てくるなかで、その最先端のものを追い続けることができるのは"プロ"、"アマチュア"は関係なく鋭い嗅覚をもつリスナーに他ならない。だとすると、いま一番独創的で面白い楽曲を生み出すことができるのはマニアックに音楽を追い続けるリスナーだろう。
さらにこれらの作品にはゲストラッパーがフィーチャリングされたり、エンジニアが起用されたりしているけども、Twitterが制作のためのツールになっていることも見逃せない。Twitterでファンとアーティストの垣根がなくなったと言われて久しいが、"1リスナー1アーティスト1レーベル"の時代には敷居が低く他のアーティスト、エンジニア、クリエイターと繋がってモノづくりができるコミュニケーションツールは必要不可欠だし(実際、trinitytiny1はタイに住みながら、日本のラッパーと繋がって楽曲制作している)、もし、ラッパーやエンジニア、トラックメイカー、ジャケットを作ってくれるデザイナーなどに支払うお金が必要なのであれば、bandcampやiTunesで"楽曲を売る"のだって簡単だ。CDにしたって10年前よりずっと安く制作することができる。soakubeatsとtrinitytiny1は、ひとりのリスナーが制作者になって、プロモーターになって、商品をマネジメントする"1リスナー1アーティスト1レーベル"を体現する。
RHYMESTERがスピットする「やるのは君だ!」というメッセージは、リスナーとアーティスト、そしてレーベルまで垣根がなくなった、soakubeatsとtrinitytiny1みたいなアーティストがいる音楽シーンから聴くとまた違った説得力がある。これからきっとどんどん"1リスナー1アーティスト1レーベル"化が進む。10年後にはもしかしたら"島宇宙"なんてものじゃ収まらない、音楽シーンは1人1ジャンル(言い過ぎか)まで細分化されるかもしれない。