Monday, November 14, 2011

Simi Lab - Page 1 : ANATOMY OF INSANE



自ら「ヒューストンのヒップホップに影響を受けた」と公言するA$AP Rockyは、様々なラッパーと比較されるようにNYが出自ながらもイーストコーストのマナーに縛られず、西海岸・中部・南部のあらゆるスタイルを吸収して体現する。なかなか決め手となる作品が無かった"クラウドラップ"という括りで見ても、Clams Casinoを中心に組まれたミックステープ『LiveLoveA$AP』はその決定打と言い切ってしまえるほどのクオリティを獲得し、A$AP Rockyは爆発的なプロップスを勝ち得たうえで名実共に2011年の顔となった。

しかし、「マイノリティがつくる音楽の独自性」というテーマでいえば、マッチョイズムが柱になっているヒップホップ・ジャンルの中であえて『I'm Gay』と銘打った作品をリリースしたり、有料リリースした作品をファンのために無料DL公開したり、ヒップホップマナーに従わないビートにラップしてみせたりしながらLil Bが挑戦しつづけているけども、こと楽曲の"独自性"という面ではLil Bほど積極的にビートやラップのあり方を模索しているアーティストはいないのかもしれない。件のA$AP Rockyにしても、Odd Futureにしても、その存在以上に楽曲のスタイル(ラップスタイルやビート)が例に無いほど斬新かと問われれば、あらゆるラッパーからの影響が垣間見れるだけにどうしても疑問符が付く。(Tyler, the Creatorのラップがどんなものに影響を受けているかについては"OMAG! OFWGKTA!!!"に詳しい)

こういった海外の旬なラッパーの持つ楽曲そのものを超越した"面白さ"はSimi Labの魅力にも通じるところがある。以下は各メディアのSimi Labインタビュー。

<ele-kingインタビュー>
http://www.dommune.com/ele-king/features/interview/001545/
<Queticインタビュー>
http://www.qetic.jp/?p=74136
インタビューでも度々話題にあがる"Walk Man"は↓の動画を参照のこと。




ひとりひとりが自分達のクルーの実態を把握してないというところ、一見外人のラッパー集団に見えるが実は全くネイティブな日本人だというところ、クルーの関係性や身体的な特徴もふくめてSimi Labは非常にファジーな集団だ。更に↓の動画を観てもらえればわかるとおり、SWAG系のラッパー達が"自分のラップ(スキル)は特別だ"というところにプライドを置いていることに対して、"自分たちの存在はUncommonだ"というスキル以上にファジーな部分に軸があるところが興味深い。




Lil BやA$AP達が持つ"とらえどころのない魅力"は、彼らがマイノリティであることに自覚的で、それをあらゆる手段で表現しようとしているからこそ生まれてくるように思える。楽曲だけでなく、ブログやTumblrやYouTubeやTwitterに垂れ流され断片的に山積みされていく情報が、アーティストの"世間からズレた感覚"や、なにか"普通じゃない感覚"を生み出すとき、それはリスナーにとって非常に刺激的なスパイスをもたらす。Wu-Tang Clanがはじめて世に出てきた時代と比べれば、アーティストにとってはより簡易に、リスナーにとってはより視覚的に。

Simi Labの楽曲は聴く人が聴けば、単なる90年代後半~00年代前半に数多くリリースされていたローファイなヒップホップの焼き直しに聴こえるだろう。しかも、そこでラップされている内容には彼ら個人個人の"イルで不敵な視点"以上のものは無い。しかし、彼らの作品は決してそれ単体で聴くものではなく、YouTubeに流れる映像、ネット上の情報やイメージにまず触れてみることこそが重要なのだと思う。それらにあらかじめ触れていてこそ、『Page 1 : ANATOMY OF INSANE』での彼らのファジーな存在感が濃くなるのだから。

Sunday, September 25, 2011

ham-R - Stay Hungry Stay Foolish & Seven Demos & Milestones & Future Vintage



■ ham-R "Stay Hungry Stay Foolish" :download
■ ham-R "Seven Demos" :download
■ ham-R "Milestones" :download
■ ham-R × Y.G.S.P "Future Vintage" :download

THA BLUE HERBの"STILLING,STILL DREAMING"、MSCの"MATADOR"、SEEDAの"花と雨"、あるいはキングギドラの"空からの力"でもなんでもいい。ほとんど無名だったなか多くのリスナーから支持されて、歴史に名前を残した作品を見ていると、その特徴は「自分の表現に確固たる自信を持っている」ことと、「それまでには無い新しいアプローチで表現している」こと、更に「自分を取り巻く環境や時代の流れを的確に捉えている」というところにあることに気づく。つまり、リスナーにとって刺激的で新鮮に聴ける作品とは日本語ラップというジャンルの中心からではなく、それまでのシーンの流れから外れたカッティングエッジから産まれ、そういったフレッシュな表現を次々と取り込んでシーンは成熟していくということだ。

もちろん、ひとときカッティングエッジにあった表現もシーンに取り込まれていくことで、どんどん古びたありきたりの表現になっていく。だけども、いつの時代であっても「自分の表現に確固たる自信を持」ち、「それまでには無い新しいアプローチで表現」をし、「自分を取り巻く環境や時代の流れを的確に捉え」ることのできたアーティストがシーンに恵みを与え、バリエーションを豊かにすることは疑いようもない。

SEEDA、ANARCHY、SIMON、NORIKIYO、般若、TWIGY、KREVA、RHYMESTER、鬼、S.L.A.C.K.、RAU DEF、志人、ICE DYNASTY、ROMANCREW、サイプレス上野とロベルト吉野……こうやって今年アルバムやEPを発表したアーティストの名前を並べると、まだ2ヶ月残しながら2011年は日本語ラップにとって本当に豊作の年だった。それぞれのラッパーの持つカラーがアルバムにきちんと反映されていて、音楽的なクオリティの部分のみでいえば期待はずれとなったものはあまり無かったのではないかと思う。

しかしシーンにとって刺激となり、これまでの表現を変えるほどの力を持った作品は「無かった」と、バーチャルアイドルラッパーRANLのミックステープ(Service Time)がネットで一部集中的に話題を呼んでいたことを踏まえて裏から見れば、そう言い切ってしまってもいいのではないか。"リアル"を追求してきた日本語ラップへの皮肉かのようにまったく実体がなく、確かなラップスキルと日本語ラップの知識を楯に半ば自虐的に日本語ラップシーンそのものをアニメ声で揶揄していくこのラッパーが持つ面白さは、日本語ラップのカッティングエッジから産まれていることをこの際強調しておきたい。何にせよ、まるで日本語ラップの文脈を逆流していくようなRANLの"Service Time"が新鮮に聴こえてしまった身からすると、これから先の日本語ラップというジャンルそのもの自体に一抹の不安を感じてしまう。この音楽にはまだカッティングエッジに立てるアーティストが出てくるのだろうか?

1年ほど前になるけども、立て続けにミックステープをリリースしていたアーティストがいた。いま彼がリリースした作品群"Stay Hungry Stay Foolish"、"Seven Demos"、"Milestones"、"Future Vintage"から感じ取れるのは、まさしく「自分の表現に確固たる自信を持」ち、「それまでには無い新しいアプローチで表現」し、「自分を取り巻く環境や時代の流れを的確に捉え」る姿勢だった。

たとえば、1stミックステープ(Stay Hungry Stay Foolish)に収録されている"Japanese Average Line"や"R-25"といった曲で描かれる現代の若者の視線には社会に出ている人間なら誰でも理解できるウィットに富んだ面白さがあるが、それだけでなく、その目線の先が日本の社会システムあるいは音楽業界の崩壊にまでうつっていったときに、とてもコンシャスな説得力を帯びていくことに気づく。音楽業界や、日本という国だけでなく、アメリカを代表するエネルギー社会全体が沈んでいこうとしている"いまの状況"を捉え、そのなかでサバイブしていく使命を背負わされた若者の視線は、そんな終わっている状況を作り上げた上の世代を痛烈に批判する姿勢にも繋がっていく。ZEEBRAとRAU DEFのビーフでも ham-Rがその裏からビーフを演出していたフシがあったけども「自分の表現に確固たる自信を持」って、古いシステムや考え方をぶち壊して新しい世界をつくっていこうとする姿勢は、そんな "状況分析"のもとでつくられているように見えてくるのだ。いまの"終わっている状況"を作り出した古いシステムとその遺産を押し付けられる若い世代が、新しいシステムの波に乗って、そいつらをぶっ壊していくことを宣言する姿勢には充分すぎるほどの説得力がある。

"まずはぶっ壊す腐った地球ってとこの日本って国のしょうもない音楽。ここ東京から最新ってやつを教えてやらぁ"(Knock Knock)

"いつまで経ったらお前の言うブリンブリンを若いやつらがゲットできるの?はたから見たらやたら陰気くさいしみっともない感じ。ほらオマエだよオマエ。うすうす感じ取っているんだろ?Hi!追い出される前に消えな。じゃなきゃそろそろ血祭りにあげんぞオーライ?"(Hi!)

古いシステムや考え方を全て破壊してやるという圧倒的な自信、的確な状況分析と視野の広さ、そして何よりもそれらを裏打ちする優れた音楽的センス、それらは全てカッティングエッジに立つことを可能にするエッセンスだ。ham-Rが一連のミックステープで示した上の世代や古いシステムに対してみせる攻撃的な一面は、キングギドラ、THA BLUE HERB、MSCの処女作ではまた別の形で露出していた。いまインターネットから、JPRAP.COMを媒体としてこれまでとは異なる才能を持ったアーティストが次々と出てきているけども、もし彼らがham-Rと同じような姿勢と覚悟を持ってカッティングエッジに立つことが出来るのであれば、きっと日本のヒップホップにとって大きな力の源になるだろう。

"When I was young, there was an amazing publication called The Whole Earth Catalog, which was one of the bibles of my generation. It was created by a fellow named Stewart Brand not far from here in Menlo Park, and he brought it to life with his poetic touch. This was in the late 1960's, before personal computers and desktop publishing, so it was all made with typewriters, scissors, and polaroid cameras. It was sort of like Google in paperback form, 35 years before Google came along: it was idealistic, and overflowing with neat tools and great notions.

Stewart and his team put out several issues of The Whole Earth Catalog, and then when it had run its course, they put out a final issue. It was the mid-1970s, and I was your age. On the back cover of their final issue was a photograph of an early morning country road, the kind you might find yourself hitchhiking on if you were so adventurous. Beneath it were the words: "Stay Hungry. Stay Foolish." It was their farewell message as they signed off. Stay Hungry. Stay Foolish. And I have always wished that for myself. And now, as you graduate to begin anew, I wish that for you.

Stay Hungry. Stay Foolish."(Stay Hungry Stay Foolish)

Sunday, July 24, 2011

ERA - 3 Words My World



ここ数年の間にアーティストの名前で感動したのは"Lil 諭吉"だったけども、最近見かけた"DJ Highschool"という名前には久々にしびれた。DJハイスクール、モラトリアムとボンクラっぽさが同居するイカした名前。そんな名前を持つトラックメイカーが参加しているERAのアルバムはモラトリアムとボンクラっぽさを内包する素晴らしいバイブスに満ちていた。

「WIZ KHALIFAや CURREN$Y、SMOKE DZAやKENDRICK LAMARはHUSTLIN’ではなくSTONERなUSのNEW SCHOOL HIP HOP。ERAが作り出すのはシャラリシャラリなTOKYOのNEW SCHOOL HIP HOP。」――『3 Words My World』推薦文より――

このアルバム販促用の推薦文に書かれている通り、ERAが作る楽曲はストーナーだしシャラリシャラリな東京のニュースクールヒップホップだと思う。日本語ラップファンが聴くと、S.L.A.C.Kの諸作品と、四街道ネイチャーの『V.I.C.TOMORROW』と、GWASHIの『the FIRST CHOICE』と、ALPHABETSの『なれのはてな』を繋げるパズルの最後のピースが『3 Words My World』だという印象を持つのではないだろうか。つまり、脱力した生活感と、フリーター臭のするボンクラっぽさと、ドラッギーな万能感を兼ね揃えた日本語ラップということ。そこに加えて、ILLICIT TSUBOIのミックスの力か、USで行われたというマスタリングの妙か、確かに感じさせるWIZ KHALIFAやCURREN$YやKendrick LamarなどのUSで注目される若手ヒップホップスターとの同時代性。

ここから『3 Words My World』の特殊さをあげつらえて褒め称えることはいくらでもできる。"過去に作られていた不細工な日本語ラップと現在のカッコ良さを追及する日本語ラップを繋ぐ貴重な架け橋"だとか、"どうしてもストーナーな世界に逃げてしまう人の「リアルさ」と、焦点の定まらない妄想が暴走していく「非リアルさ」が奇跡的に同居する"とか。ただまぁ、『3 Words My World』のキーワードを1つ挙げるとすれば"停滞"だろう。

若いラッパーの作るアルバムで、これほど前にも後ろにも向かず、ストーナーな世界にふけっているのも珍しい。昔を懐かしんだりするようなところは勿論、カッコをつけようとするところもない。S.L.A.C.Kにだって他人を勇気付けようとする姿勢があるのに。なにせ他者への視点が大きく欠けているから、ポジにもネガにも向かわずぼんやりと停滞したまま妄想がただただ広がっていくような曲ばかりが蜃気楼の街のように繋がっている。そして、「WIZ KHALIFAや CURREN$Y、SMOKE DZAやKENDRICK LAMAR」にも通じる音楽性は、そんな宇宙のような、スペースコロニーのような、ショーウィンドーの並ぶ渋谷のような、シャラリシャラリな"ERA TOWN"をパーフェクトにアップデートする。

Monday, June 13, 2011

00年代代表作から見るヒップホップの変遷、特長とか

 今回の記事はライターの小林雅明さんを招いて、「00年代ヒップホップの代表作」をネタに対談していく内容となっています。

 この企画をつくった理由は2つあって、1つはワタクシ微熱王子がネット上にヒップホップ関連の文章を書くようになって今年の5月で10周年を迎えたので「その節目として何かやりたい!」という自分以外の人にはどうでもいい理由なのですが、もう1つの理由は90年代黄金期のヒップホップに比べて00年代ヒップホップについて分析・評価を行った記事が少ないのではないか?と思い至ったからです。

 90年代黄金期のヒップホップを語り継いでその価値観を残していく必要があるというのであれば、同じように00年代のヒップホップに起こっていた現象や変化を見極め、きちんと整理して語り継ぐ必要があるのではないでしょうか。そこで今回、まずは”体系づくりの1ステップ”として企画してみました。好評であれば、更に次にも繋げていきたいと考えています。

例によって少々長い記事となっていますが、お時間があれば読んでいただけると幸いです。


■50CENT - 『GET RICH OR DIE TRYIN'』 (2003)


微熱:じゃあ 50 CENTの話から順番にやっていきましょうか。50 CENTの代表作といったら1STアルバムである『GET RICH OR DIE TRYIN'』です。これは彼がリリースした作品のなかでも50 CENTの魅力として認知されている”暴力的な描写”に一番フォーカスがあたっているものですね。50 CENTはこの後『MASSACRE』、『CURTIS』、『BEFORE I SELF DESTRUCT』とアルバムをリリースしていく訳ですが、持ち味である攻撃的な側面より段々彼個人の内面に焦点をあてるような作風になっていって、セールスを落としていきます。

小林:次回作のタイトルが『2011 GET RICH OR DIE TRYIN'』になるという噂があるみたいだし、セールスを戻すためなのか、ギャングスタな物がすっかりなりをひそめてしまった今のシーンでは、新鮮なものとなる可能性が高いと思っているのか、攻撃的な方向にもどろうとしている節はあるようですけどね。

微熱:50 CENTが出てくる前までに同じように他のラッパーを攻撃してプロップスを得ようとするスタンスのラッパーっていたんでしょうか。暴力的、攻撃的という意味ではN.W.Aみたいなクルーもありましたけど。

小林:50 CENTが影響を受けているのは2 PACとかBIGGIE(NOTORUOUS B.I.G.)でしょ。

微熱:あぁ。実際に”銃撃されて生き残った”というような物語をリスナーに植え付けていくというような部分ですね。

小林:50 CENTの半自伝映画(GET RICH OR DIE TRYIN')には彼の人生のうちの半分しか描かれていない。つまり、ギャングスタだった頃の50 CENTのビーフしか描かれていなくて、ラッパーとしての50 CENTは「さぁこれから」というところで終わってしまうんですよ。そして、50 CENTがこのアルバム『GET RICH OR DIE TRYIN'』でやろうとしたことは、彼がギャングスタだった頃にやっていたビーフの図式をそのままヒップホップゲームに持ち込むということなんだよね。

微熱:JA RULEを相手に思いっ切り喧嘩を売るところとか。

小林:50 CENTは”JA RULEがストリートと繋がっているリアルなラッパー”だと演出して、JA RULE側がそういう側面を出しやすい環境を作ってあげて、バトルを盛り上げるようなことを企む策略家なんです。それと比べると2 PACは策略とはほど遠い、ほとんど素の状態でビーフに巻き込まれるラッパーだね。逆に策略にハメられてお金を取られてしまうような。

微熱:2 PACがヒップホップの世界でもストリートの一住人だったのに対して、50 CENTはヒップホップの世界とストリートを区別してストリートにあったルールをヒップホップに持ち込んでゲームにしてしまったということですね。

小林:そう。”ストリートの経済”みたいなものもヒップホップに当てはめようとしたんだよ。彼のミックステープがストリートでウケたのはそういうルールのうえに成り立っていたからなんじゃないかと思うんだけどね。

微熱:ミックステープをストリートにばらまくという行為をもドラッグディールの延長線みたいな形で成り立たせていたと。

小林:同じノリでやっていたんだろうね。50 CENTの縄張りにミックステープをばらまくことで「みんな聴いている」という印象をリスナーに与えていたんだろうし。

微熱:ストリートのルールをヒップホップに持ち込んだというところが面白いですね。実際に50 CENTは銃で撃たれていますけど、そのイメージをそのままヒップホップに使ってしまうという。

小林:しかも過去に有名なラッパーが銃撃されているというイメージを上手く使って、リスナーが頭のなかで50 CENTと2 PACをリンクしやすくしている。50 CENTをまったく知らない人でも”銃撃された”という事実を聞いただけで、彼のイメージがつきやすくなって安心感を与えるんだよ。

微熱:すごく頭のいいラッパーですよね。インタビューで「酒やマリファナはやらない」という発言がありましたけど、頭を鈍らせるようなことはやらず、ヒップホップ以外のビジネスも手広くやっている。

小林:あとは稼いだお金をフッド(地元)に還元したりもしているし。

微熱:ただ、この『GET RICH OR DIE TRYIN'』以降は段々角が取れて自己の内面に向かっていきますよね。

小林:2 PACやBIGGIEは”銃撃されて死んだ”ラッパーだけど、50 CENTは”銃撃されても生き残っている”というところが強みであって、ラッパーとしてのセールスポイントなんだけど、やっぱりそのネタだけではやっていけないから。

微熱:他のラッパーを攻撃することでネタをつくって曲つくりするのも50 CENTの特徴ですけど……。

小林:ただそれも50 CENTが相手にしたいラッパーが相手にしてくれなくなるとネタにならなくなってくるんですよ。

微熱:「50 CENTの”HOW TO ROB”は50 CENTがファンの視点でラッパーに喧嘩を売っている」ということを小林さんが昔雑誌に書かれていましたね。”HOW TO ROB”の頃はファンの視点でラッパーに噛みつけていたけど、スターになってしまうとそれだけ喧嘩を売れる相手もどんどん限定されていってしまう。そういった意味でも、『GET RICH OR DIE TRYIN'』には攻撃的で刺激的な50 CENT像が一番良くあらわれているんですね。


■CAM'RON - 『PURPLE HAZE』 (2004)


微熱:資料の上だと、DIPSET(CAM'RONのクルー)がミックステープ市場をはじめて切り開いたということになっていますけど……。

小林:少なくとも50 CENTよりは先にミックステープを作り出したということになっていますね。
 あと、元々ビートジャックは「同じビートの上でラップしても俺の方が上手い」ということをアピールするためにやっていたものだったんだけど、DIPSETあたりをキッカケに最近はそういう側面も薄れてきた。

微熱:いまやビートジャックという手段は、”コストを安く作るため”とか、”流行っているから”という理由で使われるようになっています。

小林:曲単位ではなくて、ミックステープのコンセプトそのものとして、そういう流行りの物をビートジャックをするようになってきたのがDIPSETや、G-UNIT(50 CENTのクルー)あたりだった気がする。80年代の終わりから90年代初めにかけては、ビーフの相手の曲を文字通りジャックして、同じビートなら自分のほうが上手くラップができるということをアピールするためのものだったんだよね。

微熱:だけど、DIPSETや50 CENTがミックステープでビートジャックをやって根付かせていくことで、その辺の線引きが段々曖昧になってビートジャックの概念が変わっていった。

小林:だからそういう意味でもヒップホップではバトルというものが成立しづらくなってきているよね。いまやビートジャックなんてディスでもなんでもないから。

微熱:逆にいまはビートジャックしてもらった方が宣伝になりますからね。
 あと、DIPSETはヒップホップグループとして売れていたという以上に、ひとつの現象となるくらい流行っていたみたいですけど……。

小林:当時、ヒューストンとかサウスの連中がDIPSETを聴いていたかというとそういうわけでもないんじゃないかな。DIPSETはとても都会的なアーティストだし、くどいほどリリカルな面を打ち出すクルーだから。地方のリスナーからしたらもっとわかりやすいほうがいいでしょ。いまでこそあらゆる地域で色んなスタイルが受け入れられているけど。

微熱:CAM'RONは”リリカル”っていうより”ナンセンス”というイメージのほうが強いのでは?

小林:いや、基本はナンセンスだよ。ナンセンス過ぎてシュールでリリカルに聴こえるっていう。韻を踏みすぎて全く意味が通じないから。90年代だとGHOSTFACE KILLERが思いついたままに韻を踏みまくっていたけど、CAM'RONは彼に近いスタイルではあるよね。

微熱:確かにGHOSTFACE KILLERはリリックの面白さで評価されていますけど、CAM'RONってちょっと違いますよね。言葉選びのセンスの差なのかな。

小林:そうでしょ。CAM'RONのラップを聴いていると、ありえない言葉使いのセンスでピンポイント的な衝撃を受けている間に曲が終わってしまう。GHOSTFACE KILLERはフリースタイル的な部分を多分に残しながら曲全体に通じるうねりみたいなものを生み出しているけど、CAM'RONは曲の中でも明らかにウケを狙っているポイントがあるんだよね。

微熱:そういう意味だと、そのシュールなラップスタイルを確立したのがこの『PURPLE HAZE』です。98年の『CONFESSIONS OF FIRE』、00年の『S.D.E.』はまだどちらかといえばイーストコーストマナーに忠実なトラックのうえにタイトなラップをのせていたんですけど。

小林:その頃は普通に真面目なんだよね。もともとはBIG LやMASEと一緒にCHILDREN OF THE CORNをやっている人だから、いくらなんでも一定以上のレベルがないとやっていけないよ。

微熱:それがROC-A-FELLAからリリースされた『COME HOME WITH ME』あたりからおかしくなってくる……。
1STアルバムの『CONFESSIONS OF FIRE』をリリースするときにBIGGIEが手助けしたという話もあるみたいですけど、仲間内からの評価はもともと高かったみたいですね。ただ、リスナーとしてCAM'RONのラップを聴いたときにそんなに高い評価を下せるかというと別の話なわけで。

小林:別にBIG Lを神格化するわけじゃないけど、彼と一緒にラップをしていてこんなスタイルに辿り着いたというところがスゴい。イーストコーストにも上手いラッパーはたくさんいるから、そのなかでスタイルを模索してここに辿り着いたんだろうね。50 CENTがCAM'RONをイジる理由がよくわかります。

微熱:あと、『PURPLE HAZE』はコークラップ(ドラッグディールをネタにしたラップ)として有名ですよね。この辺、この後取り上げるCLIPSEの『LORD WILLIN'』から影響受けていたりするんですかね?

小林:いやJUELZ SANTANAの影響でしょ。JUELZ SANTANAがやっていた”コーク馬鹿ラップ”のアイデアを使って、CAM'RONの持つナンセンスなラップスタイルと噛み合わせることで面白く聴かせようとしたんだと思いますよ。

微熱:『COME HOME WITH ME』の頃はコークラップ色は無いですよね。

小林:その頃は寧ろ女の子ネタが大半を占めている。DIPSETというか、CAM'RONが50 CENTなみの勢いでドラッグディールをやっていたかどうか怪しい……。だからG-UNITに絡まれたりするんだよね。

微熱:でも50 CENTもあまりドラッグディーリングのイメージないですよね?

小林:50 CENTは説明しないから。ドラッグディールをやっていることが前提だから一々言う必要がないんだよ。

微熱:なるほど。あと、DIPSETはキッズ人気が凄いイメージがありますよね。ミックステープのバックナンバーを買い集めるようなマニア的な人気が高いような。そういったところを見るとNO LIMIT(MASTER P主催のレーベル)とも近いかなと思うんですけど。

小林:そうですね。実際にNO LIMIT勢と一緒に曲作ったりもしていますからね。ただ、DIPSETの場合はNO LIMITほど”帝国”的なイメージではないよね。クルーのメンバーもNO LIMITはよくわからないメンバーをよくわかるようにして売り出していくけど、DIPSETはもともとよくわからないメンバー構成のうえに「あいつはクルーじゃない」みたいなことを平気で言うから。全然わからないやつを「クルーじゃない」って言われても全く意味わからない。

微熱:売り出し方という面では、ファッションセンスも独特ですよね。『PURPLE HAZE』のジャケ見てもわかりますけど、ピンクとか紫の目立つ服を着るという。

小林:これっていうかモーヴはゲイの色だしね。だけど、このワザとらしい色使いがいまのヒップホップファッションにも影響を与えてもいる。やっぱりウケ狙いが凄い人なんだよね。ツッコまれるところが異様に多い。例えば、つい最近VADOと演ってる”Hey Mumma“でも「And you so fine, it's so sad Still riding coach, need aCoach bag Let me coach you, no Coach tags」 って、CAM'RONとしては「俺とつきあえばコーチのバッグなんか持たせなくてもすむぜ」と言っているけど、ギャルたちは「どうせあたしは安物のコーチのバッグしか持ってませんよ~」とツッコむわけ。

微熱:根っからのイジられキャラという。

小林:そういう人もあんまりいないから人気があるのかもね。

微熱:ちょっとリリックの話に戻すと、CAM'RONのナンセンスなリリックもファンに言わせると「MF DOOMと何が違うんだ?」ということみたいですけど。

小林:そうそう。それはGHOSTFACE KILLER、MF DOOMと繋がっていく系譜にCAM'RONがいる。彼らの作品を聴いている人は全く同じ路線だということに気づくんだよ。

微熱:GHOSTFACE KILLER、MF DOOM、CAM'RONってなんか三段オチみたいな並びだな……。

小林:ただ、MF DOOMの場合は言うほどナンセンスでもないんだけどね。アブストラクトと言われているわけで、小難しい言葉の選び方はCAM'RONとは真逆だし、それこそ何度も聴いていくと意味がなさそうに聴こえるラインも実は裏の意味があるように解釈できるんだよね。CAM'RONには、ダブル・ミーニングはあっても解釈の余地もクソもない。

微熱:CAM'RONがGHOSTFACE KILLERやMF DOOMを参考にした可能性っていうのはあるんですか?

小林:ないでしょ。CAM'RONのライムはMF DOOMみたいに高尚に響くことはないし、聴けばわかると思うけど、明かにワルノリで意図的なスタイルとはいえ幼児っぽい韻の踏み方だしね。ただ、CAM'RONのファンはMF DOOMを聴かないだろうけど、MF DOOMのファンでCAM'RONをチェックしてる人は多いと思う。稚拙でもフリースタイル的な魅力が絶対的にあるから。まぁ、どっちもマニアックなファンがついてるという意味では同じ。

微熱:計算なのか天然なのかよくわからない人ですよね。ミックステープを定着させたり、新しいラップスタイルを編み出したり、ファッションの源流をつくったり、功績だけで見るとすごいんですけど。

小林:ありえない韻の踏み方やありえないファッションセンスをしているのに、カッコつけているところとか。マニアにはたまらない人だろうね。

微熱:ビート面ではどうです?

小林:DIPLOMATS(DIPSET)の『DIPLOMATIC IMMUNITY』なんて、KANYE WESTがいないのに全曲KANYE WESTみたいなビートなのがスゴいよね。その辺りからそうだったけど、ポップ・ヒットしたロックのネタの使い方とか、最近の"Salute"とか臆面もなくヘンなビートを奇天烈なライムにぶつけている。

微熱:ビートはKANYEみたいだし、ラップは上手いのか下手なのかもよくわからないし……。当時評価が低くても仕方がない……。

小林:まったく煮え切らないね。ただ、『DIPLOMATIC IMMUNITY』はミックステープの曲をはじめてオフィシャルアルバムとしてリリースした作品だからね。そういうアプローチはヒップホップ史上初だったと思うよ。そういえば、DIPLOMATSのメンバは全員ファッションが変だよね。

微熱:JUELZ SANTANAのバンダナとか……。でもKANYEみたいなビートも含めて、すごくわかりやすいグループですよ。やっぱりそこが大事なのかなぁ。CAM'RONの『CONFESSIONS OF FIRE』を聴いても全然ピンとこないですけど、『PURPLE HAZE』には引っかかりまくりますから。


■CLIPSE - 『LORD WILLIN'』 (2002)


微熱:今回取り上げる6アーティストのほとんどに共通するのがドラッグディーリングですけど、そういうネタってストリートのプロップスと直結するもんなんですかね?

小林:ドラッグディールにまつわるスラングがウケている部分はあるかもね。たとえば、G-UNITのLloyd Banksは正にそういう部分を打ち出しているわけで。CLIPSEもそういうドラッグディールに携わる人同士がジャーゴンを楽しむ感じなんでしょうね。

微熱:MALICEとPUSHA TからなるCLIPSEとしての活動は90年代中盤からスタートしていて、キャリアとしては結構長い。元々、NEPTUNESと同郷で仲間だったということもあって、97年にNEPTUNESプロデュースでシングル(”THE FUNERAL”)を切っているんですけどそれが全く売れず、2002年の”GRINDIN'”までヒットに恵まれなかった。ただ、MALICEとPUSHA TにAB-RIVAを加えたRE-UP GANGとしての活動はストリートでも評判が高かったみたいです。ラップとしてはあまり華がなくて、どちらかといえばNEPTUNESのビートのほうに注目がいってしまいがちなグループだと思うんですけど。

小林:KANYE WESTが”RUNAWAY”でPUSHA Tを引き入れたということに象徴的だけど、ラップを評価している人も多いと思うよ。

微熱:2002年に『LORD WILLIN'』が出て、2006年に『HELL HATH NO FURY』がリリースされるまでの間の活動はRE-UP GANGのミックステープ(『WE GOT IT 4 CHEAP』)がメインだったわけですよね。

小林:RE-UP GANGの『WE GOT IT 4 CHEAP』はリアルタイムでシリーズ全部聴いていたけど、当時ネット上でもすごく盛り上がっていた記憶がある。

微熱:ミックステープだとビートも借り物だから、ビートよりもラップにフォーカスがあたりますからね。何がウケていたんでしょう?

小林:この人たちはコークラップという1テーマだけでアルバムやミックステープを作っていたというところが新しいんだよね。他のラッパーだと1曲だけドラッグディールを扱うということがあるけど、CLIPSEは全曲コークについてラップしていて、表現も洗練されている。

微熱:正規アルバムがリリースされるまで約4年もの間が空いてしまっているなかで、ミックステープを出し続けていたのは、単なる活動の穴埋めだけではなくてミックステープの実績を作っていって、メジャーにその実績をアピールするための狙いもあったと思うんですよね。

小林:そうだね。”GRINDIN'”のヒットだってヒップホップリスナーがメインだったから、それだけで次作につなげていくのは大変だったと思う。

微熱:『HELL HATH NO FURY』までは明確にコークをテーマにしていますけど、その後ってどうなんです?

小林:3枚目の『TIL THE CASKET DROPS』はコークラップから離れて逡巡している感じが滲み出ちゃっているね。少なくともMALICEはもうコークラップはやりたくなくて、最近本を出したりしている。まだPUSHA Tは(コークラップを)やっているけど、こないだKANYEと曲を作ったときにKANYEに「一番バカなリリックを書け」って指示されて書いたらしいし……。

微熱:インタビューでも「コークラップとカテゴライズされたくない」とか言っていますからね。

小林:そんなこと言いながら”プッシャー”って名前につけられてもね……。アメリカにそんな名前の人いないよ。

微熱:しかも、アルバムでは頭からケツまでドラッグディールの話をしているという。

小林:意味わかんないよね。

微熱:彼らのミックステープを聴くと良く判りますけど、ラップがすごく上手いんですよね。正規アルバムだとNEPTUNESのビートの個性が強すぎて印象が薄れてしまいがちなんですけど。

小林:NEPTUNESがあまり参加しなかった『TIL THE CASKET DROPS』よりミックステープの方がクオリティが高いという意見は根強くありますね。ミックステープを聴く人は”ラップを聴く”ことがメインだったりするから、ミックステープの評判が高いというのは彼らのスキルの高さを証明している。

微熱:これからYOUNG JEEZYやT.I.の話に移っていきますけど、YOUNG JEEZYやT.I.がつくる”トラップ”もコークラップと同じようにドラッグディールに基づいたラップのフォーマットです。YOUNG JEEZY達のつくるトラップとCLIPSEの表現するコークラップの違いって何なんでしょう?

小林:サウスの連中がやっているトラップは、CLIPSEやCAM'RONみたいに直接的にドラッグを主眼に置いてラップするようなものじゃなくて、もっと緩く日常的なテーマのひとつとして扱うといった感じなんだよね。

微熱:CLIPSEはより直接的にコークそのものについてラップしているということですか。

小林:そう。YOUNG JEEZYはドラッグディーリングを精神的、社会的なテーマにまでしているけど、CLIPSEはコークにまつわる言葉遊びみたいに扱う感じ。

微熱:”日常生活の中のドラッグディール”をテーマとするのかトラップですかね。トラップを日本語ラップに置き換えると初期のSEEDAに近い感じ。

小林:そうだね。YOUNG JEEZYやT.I.は生活している環境のなかにドラッグディールがある。で、CLIPSEの方はドラッグディールそのものについてラップをしているんだけど、自分が犯罪をしている姿を見せつけて「それでよし」とかいうのでは全くなくて、そこから自分の身を一歩引いたところから捉えたり、いちいち凝っていて、要するに、リスナーがいちいちうけてくれるようなライムで表現することに拘りまくっているわけですよ。例えば、その”GRINDIN'”では「I'm the neighborhood pusher/Call me subwoofer/'Cause I pump "base" like that, Jack/On or off the track」と、プッシャーであるPUSHA Tが「自分をサブウーファーと呼べ」って言ってるんだけど、なぜかと言えば、低音をガンガン出しているから。で、”低音をガンガン出している”ってとこが、ダブル・ミーニングで、コカインを売りまくっている、という意味でもある。そんな感じで、とにかくこの人はそんなパンチラインしか考えていないと言ってもいい。

微熱:なるほど。CLIPSEはがっつりコークのことをラップしているけど、YOUNG JEEZYやT.I.は日常生活のアイテムの1つとしてコークを扱っているだけってことですよね。

小林:そうそう。言ってしまえば、ドラッグが身近にある環境なんていうのは昔からあったわけで、ドラッグをテーマにしたヒップホップも昔からあるんだけど、表現の幅をより広げたのがCLIPSEなんだよね。ドラッグディールに足をどっぷり突っ込んでいたからなのかもしれないけれど、ドラッグを表現対象として客観的に捉えているところがCLIPSEの特徴であり、変なところでもある。


■YOUNG JEEZY - 『LET'S GET IT: THUG MOTIVATION 101』 (2005)


微熱:この 『LET'S GET IT: THUG MOTIVATION 101』はYOUNG JEEZYの1STアルバムで、それこそ200万枚以上売れたアルバムなんですけど、YOUNG JEEZY自身は結構遅咲きなアーティストで28歳にしてようやく成功をおさめています。それまでは、LIL Jという名前で活動していたり、BOYZ N DA HOODというクルーに所属して活動していたんですけど、DJ DRAMAのミックステープ『TRAP OR DIE』をキッカケにプロップスを得るようになります。

小林:2002年から2006年の最初の方までのDJ DRAMAの影響力は本当に凄かった。T.I.だけじゃなく、CLIPSEだってDJ DRAMAがミックステープを手がけているからね。

微熱:なんでDJ DRAMAにそんなに影響力があったんですかね?

小林:元々、DJ DRAMAはサウスにいるんだけどイーストコーストマナーでラップするような人たちが好きで、最初はそういうアーティストを盛り上げるDJだった。だけど、LA FACE(音楽レーベル)がブレイクするのを見て、アンダーグラウンドから離れて売れそうなラッパーをフックアップするスタンスに切り替えたんだよね。

微熱:YOUNG JEEZYをフックアップしたのもその一環ということですか。

小林:そうそう。丁度、DJ DRAMAが活動拠点としていたアトランタのアーティストを中心に取り上げてそれが上手くヒットに結びついたんだよ。

微熱:なるほど。DJ DRAMAの『TRAP OR DIE』や、YOUNG JEEZYの諸作を聴くと結構どの作品も同じカラーなので、掴みづらいイメージがあります。3枚目の『THE RECESSION』は政治色が強くなってきていますが……。

小林:「ちょっと社会のほうに目を向けてみました」って感じなんだろうね。『LET'S GET IT: THUG MOTIVATION 101』は彼のワークのなかでもトラップ色が強いんだけど、YOUNG JEEZYの特徴は感情を曲に込めるタイプのアーティストだというところです。単にドラッグをテーマにうたうだけではなくて、メンタル的なテーマをそこに織り込んでいく。

微熱:T.I.の場合は『T.I. VS T.I.P』で自己のメンタルを追求する方向に行きましたけど、それとはニュアンスが違います?

小林:YOUNG JEEZYは最初の頃から”自分の感情を曲のなかに表現したい”というタイプのラッパーなんですよ。一番最初にヒットした"Soul Surviver"でも、自分自身が白い粉を扱う売人という立場で、「神様どうか今夜は俺がムショにブチ込まれないようにしてくれ!イーエァーー!」みたいな”YOUNG JEEZY節”を聴かせる人だから、リリックの解釈云々よりも、その感情に共感できるかどうかというところで勝負している。だから、あまりリリックを掘り下げて分析する意味のある人では無いですね。もちろん、それなりのウィットやユーモアはあるんだけど。

微熱:それこそCAM'RONやCLIPSEのラップは話として聴いていても面白いけど、YOUNG JEEZYのラップは感情移入できないとそもそも聴けないということですか。

小林:キツイかもしれない。生きザマを聴かせて、感情移入させるという面だけとってみると50 CENTに近いかな。

微熱:あと、YOUNG JEEZYはアトランタのラッパーですけど、サウスの音が東海岸にも受け入れられるようになった変遷が知りたいんですよね。サウスの音のベースといったらMANNIE FRESHやNO LIMITの音になるんでしょうけど。

小林:サンプルのネタ感が強い方が東海岸にウケるんでしょうね。初期のサウスは打ち込みで、しかもささくれだっているビートじゃない? 考えようによってはミニマルで無機質なビートのほうが都会的なんだけど……。

微熱:YOUNG JEEZYはサンプリングのネタ感を作品の中で強く打ち出していったということですか。

小林:この人はラップに抜くところがたくさんあるから、ささくれ立ったビートには合わないスタイルなんですよ。メロディがある程度聴こえるようなビートじゃないとダメだから、段々東海岸にも受け入れられるようなネタ感が強くなっていったんじゃないかと思う。

微熱:確かにこの後の『THE INSPIRATION』から更にメロディアスになっていきますね。
 あと、東海岸ウケという面では、ミックステープのビートジャックも絡んでいる気もします。DJ DRAMAがサウスの中でもイーストコーストサイドのラッパーを好んでいたというところも象徴的ですけど、サウスのラッパーが東海岸のビートをジャックしていくことで、段々受け入れられていったという構図はあるんじゃないでしょうか。

小林:そうだね。あと、T.I.なんかは”ラップの聴こえの良さ”を追求していたラッパーだったから、そういうラップの創意工夫も影響しているんじゃないかな。そして、YOUNG JEEZYは圧倒的に声がカッコいい。00年代に色んなラッパーが出てきたけど、YOUNG JEEZYほど声に恵まれているラッパーもいないでしょ。LIL WAYNEは特徴的な声だけど、つぶれてしまって”良い声”というようなものではないし。

微熱:確かに今回取り上げているアーティストの中でも群を抜いて良い声しているもんなぁ。
 リスナーからしてみれば、サウスの持つミニマルな凶暴性に惹かれる人はこの『LET'S GET IT: THUG MOTIVATION 101』に惹かれるでしょうし、イーストコーストマナーに忠実なものが好きな人にとっては3枚目の『THE RECESSION』に惹かれるんでしょうね。

小林:内容もリリースを重ねるごとにストリートから身を離していくような流れになっているしね。


■T.I. - 『TRAP MUZIK』 (2003)


微熱:さっきも話に出てきましたけど、T.I.の『DOWN WITH THE KING』はDJ DRAMAがプロデュースしたもので、T.I.とビーフのあったLIL FLIPディスのために作られたミックステープですね。

小林:個人的に『DOWN WITH THE KING』は一番聴いたミックステープだけど、あまりT.I.のスタイルが反映されているものではないような気がするな。ビーフのために作られたミックステープだからアルバムみたいにリラックスしたムードじゃなくて、気合が入り過ぎているんだよね。

微熱:同じくDJ DRAMAが関わった『IN DA STREETS』は、1STアルバムである『I'M SERIOUS』のセールスが思ったより芳しくなくて、2NDの『TRAP MUZIK』までの”繋ぎ”のために作られたものです。このミックステープが、ストリートのプロップスを獲得して今のT.I.の地位を確立するキッカケになりました。
 アルバムの変遷で言うと、『I'M SERIOUS』と『TRAP MUZIK』はハスラーとしての日常を描いた作品でしたけど、『URBAN LEGEND』、『KING.』に至る過程で「自分こそがキングだ」ということをグラマラスに誇示するようになっていった。セールスやメディアへの露出で”キングオブサウス”という地位を不動のものにすると、今度は『T.I. VS T.I.P』や『PAPAER TRAIL』、『NO MERCY』で自己の内面に没入しはじめるんですね。作品を重ねる毎に初期にあった能天気さが段々失われていく。

小林:そうですね。

微熱:小林さんが昔書いていた記事で興味深かったのは、「T.I.は自分がキングだと言い続けることで周りにそれを認めさせてキングの地位を確立した」というところでした。

小林:2003年ごろはPALL WALLやSLIM THUGとかも含めてミックステープがたくさん出ていた時期だったんだけど、まだまだアンダーグラウンドなものだったし、一般的にはKANYE WESTの時代だったから動きがあまり見えなかったんだよね。そういう背景を考えると、キングだということも言いやすい時期だったのかもしれない。いままではSCARFACEがサウスのキングとして君臨していたけど、00年代になって世代が変わってくる節目でもあったし。

微熱:「俺がキングだ」と自分で言うのもすごいですけどね。

小林:それがヒップホップだからね。まずキングだと言ってみて、それをリスナーに問う。無視されたら終わりだけど、うまいこと受け入れられたらそれが事実になるわけだから。……ただ、個人的にT.I.は『KING.』で終わってしまっている感じがするな。

微熱:自分がキングだと言い続けることでラッパーとしてのT.I.はキングになることができたけども、客観的な視点を持ったT.I.Pという別人格を作り出してしまったことで、それまでキングになることをモチベーションにしていた”T.I.”というラッパー像が崩れてしまったというようなことを『T.I. VS T.I.P』の記事で小林さんが指摘されていて、なるほどなと思いました。

小林:この人がそんなことを難しく考える必要無いのにね。

微熱:まぁ本当にキングになってしまってラップで扱うテーマがなくなってしまったんでしょうね。

小林:何度も捕まっているから、これから刑務所から出てきても、あきれている人のほうが多そうだし……。レコード会社も、あれだけ儲けさせてもらったわけだから、今後のセールスがかなり気がかりだろうし、もうギャルにウケるネタをメインにマジメにラップするしか道は無いんじゃないかな。というか、そっちの方向を勧められてしまうかもね。
 LIL WAYNEは銃を持っていて捕まって、ムショに入ったのに、出てきて数ヶ月後に出した"That's What They Call Me"のサビで、「あの一件以来、俺は自分の銃はオフクロの名前の中にいれている」と繰り返している。「”LIL WAYNEのオフクロの名前”って……? つまり、すぐにはわからないところに隠してあるんだな!」と、リスナーの耳を思いきりひきつけて、面白おかしく聴かせられるようなネタに昇華できるけど、T.I.はそういうキャラじゃないから。「I'M SERIOUS」な人だから仕方ないんだろうけど。

微熱:シリアスなキャラ設定が足を引っ張っているという……。

小林:『T.I. VS T.I.P』は相当きつい状況をあらわしているでしょ。ただ、一度刑務所から出てきたリリースした『PAPER TRAIL』で持ち直してひとつネタができたのが救いだよね。

微熱:『PAPER TRAIL』の良さって何なんでしょう? T.I.の作品のなかでは一際異色というか、ポップミュージックの感触すら感じさせるバリエーション豊かなアルバムではありますけど。

小林:内容も一番トラップ臭くはないところで敢えてやっているよね。自分の気持ちの整理をテーマにしているアルバムだから刑務所に入っていなかったら『PAPER TRAIL』は絶対にできていない。そういう意味では、刑務所に入ったおかげで本当に良い作品が出来たと思うよ。

微熱:この時期でしか作れない作品だし、リスナーも最も興味が惹かれる内容ですからね。
 ……あと、T.I.はイーストコースト主流だったヒップホップをサウスの流れに切り替えるキッカケになったアーティストですよね。イーストコーストの視点で見ても上手いラップであったり、あらゆるヒップホップ雑誌の表紙になったり。

小林:この人はルックスも優れているから。

微熱:まぁそういう部分も含めて、T.I.が徐々にヒップホップシーンにサウスの価値観を根付かせたが故に、この後のLIL WAYNEやGUCCI MANEの評価に繋がったところもあると思うんですよ。

小林:T.I.以前にもSCARFACEやBUN Bあたりも評価されていたけど、彼らのラップこそイーストコーストマナーにとても近いからね。更にT.I.はセールス面でも彼らと比較にならないほど売っているところを考えても、これまでサウスのラッパーでこの地位まで昇りつめた人はいなかったよね。

微熱:808サウンドをヒップホップに根付かせた張本人とも言えると思うんです。LIL JONも売れていましたけど……。

小林:あれはもうヒップホップどうこうではないところまでいっちゃってるからね。まぁT.I.は全てにおいて洗練されていますよ。ビートの加工のされ方も含めて。
 例えば、”SNOOP DOGGの『DOGGUMENTARY』のジャケの椅子とT.I.の『NO MERCY』のシングルのジャケの椅子の違いを並べて考えてみるとわかるけど、T.I.は本当にああいう玉座にわかりやすく固執する人なんだよね。でも、西洋の考え方だとああいう椅子は”神のための椅子”なんですよ。座ってしまうとただの”王の椅子”になってしまう。SNOOP DOGGのジャケ(を考えついた人)はそれをわかっているからあの椅子に誰も座らせていないし、わかる人にはその意味がわかって”王なんかよりも上の審級にあるもの”をあの椅子のジャケットに幻視するんです。

微熱:その話をきくと、いまのT.I.の立ち位置が限界に来ているということも本当によくわかります。SNOOP DOGGはキャリアも本当に長いですからね。

小林:それこそSNOOP DOGGは出だしがどん底で「刑務所から出れないんじゃないか?」という感じだったけど、そこからいままで一度も刑務所には入っていない。それに引き換えT.I.はもう4回も刑務所に入っている。ジャケットの椅子ひとつ取って見ても、そのアーティストの思慮の深さが垣間見れるんだよね。

微熱:逆に王座に固執し続けたからこそ短いキャリアの中でサウスの音楽性を認めさせるほどの存在になれたというところは否定できないですけどね。

小林:そうね。でも、彼は”T.I.”であり続けるためにはこれからも王座に固執し続けなければならない。


■LIL WAYNE - 『THA CARTER II』 (2005)


微熱:ラッパーって転換期があると思うんですよ。GUCCI MANEもある時期から突然ミックステープでのラップが評価されはじめましたし、CAM'RONも『PURPLE HAZE』でスタイルを確立しました。LIL WAYNEの転換期としての作品が『THA CARTER II』だと思うんです。LIL WAYNEはHOT BOYS(かつてLIL WAYNEが所属していたグループ)の頃からかなり売れているラッパーでしたし、それこそ彼の1STアルバムである『BLOCK IS HOT』は100万枚以上売れていますけど、『THA CARTER II』や『DEDICATION 2』を発表した時期の前後でファン層が全く異なると思うんですよね。

小林:『THE PREFIX』はその『THE CARTER II』の1年前に出ているミックステープで、JAY-Zの『BLACK ALBUM』のビートをジャックしたものだけど、あの頃から意図的にラップスタイルを変えているんですよ。

微熱:JAY-Zのアルバムをジャックしたということ自体が、イーストコーストの偏見を打ち破る意図があったということですね。

小林:LIL WAYNEが偉いのは、『THE PREFIX』で「サウスをバカにするな」と言っただけではなく、そこからちゃんと努力してラップスタイルを変えていったというところだよね。個人的には『THE PREFIX』以前のLIL WAYNEにはピンと来ない。というか、CASH MONEYの中で特に彼だけがすごいという風に思ったことは正直一度もなかった。

微熱:そういう人は多いと思いますよ。いまでこそ『LIGHTS OUT』が評価されたりしていますけど、それも『THA CARTER II』や『DEDICATION 2』でイメージを一変させて、ラップの実力を認めさせたが故のものでしょうし。ただ、それまでのCASH MONEY軍団の一員だった頃もちゃんとしたキャリアがあったわけで、そのイメージを覆して全く新しいラッパーイメージを作り出すのって本当に大変だったんじゃないかな。

小林:もう全く別人だもんね。

微熱:ただ、『DEDICATION 2』はLIL WAYNEの転換点となった作品には違いないんでしょうけど、かなりとっちらかっているので良さが伝わりづらい……。

小林:それは、LIL WAYNEがスタイルを変えていこうと模索している時期のものだし、何より2006年のミックステープだから商業レーベルから出ているアルバムと比較するのは酷だよ。ただ、『THE PREFIX』と比べるとだいぶ整理されてきている。

微熱:これまで取り上げてきたラッパー達はミックステープをメジャーディールを勝ち取るための、アルバムの前哨戦の位置づけとして扱っているんですけど、LIL WAYNEの『DEDICATION 2』はミックステープなのにビルボードの69位まで行っているんです。勿論、LIL WAYNEの正規アルバムに比べたらそんなに売れていないですけど、それでもミックステープの”価値”が正規アルバムに追いついてきています。

小林:これまで取り上げてきたラッパーのなかでもLIL WAYNEは圧倒的にフリースタイルが上手いから。即興で作品がつくれてしまうところも関係しているかもね。

微熱:”作品をつくるためにラップをする”のではなくて、日常の延長線でラップをしているものを集めたら作品になってしまうんですよね。何よりその中で生まれるラフさが魅力になっている。LIL WAYNEはそういうミックステープの魅力や価値観をリスナーに植えつけて、いまのミックステープムーブメントを作り上げた張本人と言ってもいいと思います。
 あと、イーストコーストへの意識の強さという面では、NASに影響を受けているとも言われますよね? LIL WAYNEの曲はフリースタイルの一発録りなので、NASのリリシズムから影響を受けているというのが意外なんですけど。

小林:NASになってもしょうがないし、NASになろうともしてないでしょ。ただ、LIL WAYNEは言葉選びのヒントをNASから得ている。元々はノリだけでラップを聴かせていたんだけど、言葉でイーストコーストのリスナーを認めさせる力を身につけていったんだよね。

微熱:でもシロップ飲んでフラフラになりながら、妄想なんだかなんだかよくわかない有象無象についてラップするのがLIL WAYNEのスタイルの特徴だと思うんですけど。

小林:酩酊状態のラップばかりしていたのは『THA CARTER III』のちょっと前くらいまでかな。保護観察の関係かもしれないけど、最近はそんな酩酊状態のラップではない。『THA CARTER III』には少しそういう曲があるけどね。

微熱:いままでドラッグでフラフラになりながらラップしているようなアーティストっていなかったですよね。

小林:そうだね。ドラッグをやってハイになるということをテーマにラップしている人はいままでたくさんいたけど、明らかにドラッグをやりながらラップしていることがわかるようなラッパーはいなかった。もしかすると、LIL WAYNEにとってはシロップを飲んでいるときだけが本音でラップをできるのかもしれない。言葉で遊んでいるようなラップは寧ろシラフの状態な感じがするな。例えば、『THA CARTER III』の一番最後に入っている"Misunderstood"ではおそらくかなりグダグダになった状態なのにもかかわらず”LIL WAYNEとDwayne Michael Carter, Jr(本名)とはイコールで結ばれるべきものなのか”という問題点を諸々の社会問題を絡めて検討している。敢えて意図的にシラフではなく、酩酊状態で録ってみたのかもしれないけどストレートな表現ばかり。
 それが出所後には、さっき挙げた”That's What They Call Me"の例やニッキーとの"Roman's Revenge 2.0"での"I like a big wet pussy with a fork and a spoon"……これは意味的にはそれくらい大好物ってことなんだろうけど、出所直後の曲だからまだかなりシラフな状態で録ったんじゃないかと思ってみたり……。

微熱:なるほど。ラップにLIL WAYNEのリリシズムが出ているときはシラフだってことですか。
LIL WAYNEって一時期客演王と呼ばれるくらい色んなアーティストのゲストに参加したり、曲もスタジオにフラっと入ったかと思ったら一発で録り終えて、すぐまた別のスタジオでラップするようなところも独特なスタイルとしてよく知られていますよね。そういう流れの速い曲作りの中でリリックやラップスタイルの着想が沸いて、しかもそれを次から次へと色んな曲で実験してしまえるところが彼のラッパーとしての幅を広げているんじゃないかと思うんですよ。

小林:この人の場合は客演がかなりプラスに働いているよね。例えば、KANYE WESTなんて客演はどう聴いてもやっつけなのがあるけれど、LIL WAYNEは客演の多さの割にあまり手を抜いていない。というか、雑だとしても、フリースタイルな感触が確かに残っている。
 リリックもすごく特徴的なものがあったりするんですよ。例えば、女の子との絡みをテーマにしたラップでも、自分の一人称視点ではなくて、第3者の視点で自分と女の子とのやり取りを描いていて、しかもそのリリックを文字に起こしてみるとドラマの台詞のト書きみたいになっていたりする。こういうラップの着想は、あらゆる曲の中で実験的に色々やってみて培ってきたものなんです。『THA CARTER III』にはそういうミックステープや客演を経た成果が詰まっている。
 
微熱:『THA CARTER II』はイーストコーストに対して挑戦していく姿勢を出していった作品だったけど、それが『THA CARTER III』まで来ると”表現”の仕方を模索してラップやリリックの深みを出す方向に行っているんですね。

小林:”6 FOOT 7 FOOT”では“real G's move in silence like lasagna”なんだかワケのわからないラインをヴァースの最後のほうに持ってきている。lasagnaのgは発音しない、つまりsilenceだから「リアルな奴らは黙って行動する」ってことなんだろうね。一回聴いてすぐわかるラインと、何度も聴いてさらに頭を働かさなくては意味がわからないラインとを混在させている。今回取り上げたアーティストのなかでも一番リリックを練りこんで、ひらめきを最大限に活かして”表現”というものを模索している人ですね。

微熱:シロップで酩酊している状態でラップをしているようなイメージが強いので、この中で一番ラップというものを考えているラッパーだというのが意外ですよね。

小林:言葉だけではなくて、ラップの聴こえ方から、リリックの構成まで全てを考えていますからね。しかもリリックを書かないで即興一発録りだというから本当に天才ですよ。
 あと、EMINEMは最近までドラッグをやっていて、こないだの『RECOVERY』がドラッグ抜きでつくったアルバムだったけど、楽曲そのものは完全に魅力にかけるものばかりだった反面、ライムだけ取り出してみると前作からまだまだ進化しているところが見受けられる。で、それを聴いたLIL WAYNEがもうひとひねりさせてライムを書いたと思しきものもあるから、ドラッグを介在させて、EMINEMとLIL WAYNEを比較して考えてみるのも面白いかもしれない。

微熱:EMINEMも含めて”本音を出す”という部分だとドラッグは良い方向に作用するけど、表現を進化させるという部分で考えるとドラッグは抜いた方がいいということですね。まぁ当たり前といえば当たり前ですけど。


■まとめ

微熱:今回取り上げたアーティスト達はそれぞれがそれなりにストリートのプロップスを得て知名度を上げてきた人たちです。ただ、彼ら00年代のラッパーが持つ”ストリート感”と90年代のラッパーが持つ”ストリート感”ってどうも印象が違うんですね。90年代のラッパーはそれこそNASやBIGGIEを想像してもらえればわかるように”ストリート=コミュニティ”の図式があって、そのコミュニティに根ざして反体制的なメッセージであったり、コミュニティに起こるドラマを描いていたんですけど、今回取り上げたようなラッパーが表現しているのはストリートでのハスリングであったり、ストリートから成り上がる自分自身なんですね。彼らが描く”ストリート”は自分自身を表現するための単なる”場”になってしまっているんです。

小林:しかも、インターネットがその”ストリート”に取って代わるものになってきている。”ラッパーが自分自身のことを表現するようになってきている”というけども、インターネットで全然違う地域に住む人が共感できる内容のラップというものが”コミュニティのドラマ”ではなくて”ラッパー個人のドラマ”に変わってきているという見方もできるね。そのわかりやすい例がODD FUTUREであったり、LIL Bであったりするわけだしね。

微熱:インターネットがヒップホップを発信する場として主流になってきているし、ヒップホップ愛好家が集うコミュニティとしても成立しているという点からしてもストリートの意味そのものが変容してきています。

小林:僕が2002年にアメリカにいたときに、インターネットでミックステープがアップロードされているのを見て、店にそのミックステープを買いに行ったらまだ売っていなくて、しばらく待ってから店頭にそのミックステープが並んだんだけど、もうその頃から徐々にストリートというものが変わりつつあったんだと思うんですよ。

微熱:ビートの変遷の話もしましたけど、ラップが扱うテーマも変わってきているし、それだけでなくストリートやコミュニティの意味合いまで変わってきている。そもそも、00年代のヒップホップは90年代のヒップホップの価値観を崩すような動きをずっとしていたわけです。サウスのアーティスト達がイーストコーストの価値観にも通じるような表現を模索してきたような動きであったり、50 CENTやCAM'RONのようにヒップホップゲームのルールやスタイルを一新して覆していくような動きであったり。

小林:そうだね。だからヒップホップメディアもこういうものをきちんと取り上げて、評価しなければいけない。

微熱:現在のヒップホップは90年代のヒップホップの価値観を打ち破ってきた00年代ヒップホップの延長線にあります。だから、90年代ヒップホップばかり再評価して、00年代ヒップホップに対する評価をきちんと行わないのは、現在のヒップホップを否定して新しいリスナーを排除しているのと同じだと思うんです。小林さんとのこの対談を通して、少しでも00年代ヒップホップや現在のヒップホップの背景や動きに興味を持ってくれる人いたら良いなと思いますね。

Friday, May 06, 2011

RAU DEF - ESCALATE



半年以上前の話になるけども、RAU DEFの『ESCALATE』を聴いたときの得体の知れない気持ち悪さはいまもよく覚えている。あの作品を聴いたときの感想は「何を表現したいのかサッパリわからない」というもので、軽妙なラップの聴き心地の良さとワードの聴き取り易さに反して、うたっている内容に意味を見出すことが出来ず、いったい彼は何を目標に何を表現したくてラップしているのかわからなかった。RAU DEFのラップは、手元に転がっているペンでそこらにある紙にテキトーに落書きをしているような印象で、それでもラップが落書きを描くために使われるくらい身近な道具になっているというところは興味深く受け取ることができたのだった。

しかしいま、2011年3月11日の東日本大震災を経て、この作品を聴くとまた違った側面に気づく。それは、RAU DEFのラップには明らかにフラストレーションが込められているのだけども、そのフラストレーションの矛先が定まっていないところで、怒りや焦燥や諦念がただボンヤリと混乱して露出している部分だ。

理解しようとしないコミュニティ、東京中心のシーン、格差社会をつくりだしたバビロン、価値観を縛りつけようとするモラル、あるいはポップチャートのJ-RAPにいたるまで、日本語ラップの仮想敵はその時代その環境にあわせて幾度も作り上げられて、ラッパーとリスナーのフラストレーションの捌け口になっていた。しかし、そういった仮想敵すらも見出すことができなくなってしまった状態が『ESCALATE』の持つ「得体の知れない気持ち悪さ」の大元なのかもしれない。RAU DEFのフラストレーションはスキルの無いワックラッパーだけに向けて発せられるが、私たちには顔の見えないワックラッパーだけが彼にとって一番目に見えている敵なのだ。

同じように、去年のS.L.A.C.KやQN(SimiLab)のアルバムが持つ日常感はその"敵のいない状態"の延長線にあるし、AKLOやKLOOZたちのようにヒップホップをゲーム(遊び)と捉え、時代のモード(流行)に乗っかって上昇することを目論むアーティストが受け入れられつつあるのも、"日本のヒップホップが敵を見失っている"ことの裏返しだろう。仮想敵となるものが見出せないからこそ何気ない日常をうたうことがリアルに響くし、競争相手となるラッパー以外の敵を作り出すことが出来ないからこそセルフボーストをテーマにラップゲームでスキルを競い合う。そうやって切り取っていくと、S.L.A.C.Kのように"敵のいない日常"にも、AKLOのように"(敵がいないが故の)ラップゲーム"にもフラストレーションをぶつけられずに混乱している居心地の悪さがこの『ESCALATE』にはある。

つまり、「敵を見出すことのできない状態にどうやって折り合いをつけているか?」という点こそが2010年の日本のヒップホップを整理するうえで見落としてはならない一番重要な切り口なのだ。………ただ、その"ルーズさ"が特徴だったS.L.A.C.Kが"But This is Way"でこれまでにないシリアスなラップを放ったように、その"敵のいないまったりとした日常"も2011年3月11日を境に大きく変わってしまったのだけども。

Saturday, February 05, 2011

G-Side - The ONE...COHESIVE


いままでほとんど眼中になかった地方のヒップホップをYouTubeやミックステープから手軽に視聴できるようになって耳にする機会も増えたお陰で、俄然その魅力に取り付かれてしまった。その興味の穴埋めで90年代後半から00年代前半のギャングスタラップを中古屋で掘り起こしているのだけども、地方の吹き溜まりのラップを聴くにつれて、「インターネットの発達に伴い、音楽には距離の概念が薄れて地域性が無くなりつつある」という考え方に疑問を持つようになってきた。

昔のマイナーギャングスタラップから聴き取れるのは「当時流行っていたスタイルや音楽性」に他ならず、とどのつまり、10年前だろうが、20年前だろうが、インターネットが無い時代に地方のヤンキーがつくっていたヒップホップに地域の持つ独特な空気を感じられることのほうが稀だった。彼らが作るヒップホップはそれぞれが忠実にNO LIMITや、Cash Moneyや、Timbalandや、Dr.Dreや、2Pacのパクリであって、その参照元の違いが"地域性"のように見えているだけだった。一部の才能あるアーティストが作るヒップホップの影響力を"地域性"の源と見なしてしまえば、「インターネットが音楽の持つ地域性を失わせつつある」という言葉をそのまま地方のヒップホップへ当てはめることに抵抗を覚えてしまう。

G-Sideが"The ONE...COHESIVE"のあらゆる曲の中で「俺達はインターネットから有名になった」と強調するように彼らのファンの大半は、インターネットという"地域"の中にいる。ハンツビルのような過疎地にファンを集めることの難しさを考えると、インターネットをひとつの地域と見做してしまって、そこで自らのファンを集める方法を模索するほうが簡単なのかもしれない。インターネットを、世界を繋ぐ架け橋として見るのではなく、ファンを獲得するための"ひとつの地域"として見てしまえば、そこで活動するアーティスト達の「地域性の無さ」にも合点がいくし、一部の才能あるアーティスト達がインターネット上に築きつつある独特なムードに注意がひきつけられる。

G-Sideの作品群、"Starships & Rocketz"(08年)、"Huntsville International"(09年)、"The ONE...COHESIVE"(11年)を並べてみると、Wiz Khalifa周りやクラウドラップともシンクロする90年代回帰的なローファイヒップホップの流れを聴き取ることができる。チョップされた上ネタを再構築してスペーシーな曲を作り上げていた"Starships~"と、上ネタは原曲をそのままにドラムだけを足したような楽曲が目立つ"The ONE~"を対比してみると、"Starships~"の方がよりヒップホップマナーに近いところにあるように聴こえるのが面白い。原曲そのままのメロディラインが強調された楽曲群は、ヒップホップの枠組みからも解放されたような"自由さ"を持って2010年以降のムードを形作っている。

言ってしまえば、Lil Bを筆頭にクラウドラップの面々がつくっている独特な"自由なムード"こそが、いまインターネット独自の"地域性"と呼べるものだろう。特に、今回レビューの対象にあげたG-Sideの"The ONE~"は、ヒップホップマナーから解き放たれ、箍が外れたような部分が強調される反面、それを理性で押さえつけた折り目正しいスタイルがアクとなってせめぎ合い、微妙なバランスで成立していて、そこが大きな魅力となって出てきている。インターネットで培った"自由なムード"のなかにも、どうしても生真面目さが抜けきれない感じというか。

また、地域性云々の話は置いておいたとしても、いままで雑誌やラジオやTVがリスナーに届けていたヒップホップと、インターネットがリスナーに届けるヒップホップの質は変わってきているとは思う。Odd FutureのTyler, the Creatorがありとあらゆるメディアに取り上げられたことや、Wiz Khalifaの"Black and Yellow"が全米ヒットチャートの1位になったことや、Lil WayneやGucci Mane、Nicki Minajiの成功を見ればわかるようにインターネットは彼らの"キャラクター"を前面に押し出し、そのイメージを波及させる。それこそ"音楽性"よりアーティストの持つ"キャラクター性"の方に注目が集まっているような印象をも与えるのは、旧来のメディアに接するときには自ら音楽の情報を得ようとする意識や姿勢があったのに対して、インターネットから垂れ流される情報を受け身で得る人が増えたせいかもしれない。何にせよ、パッと見てわかりやすいイメージや興味を惹くキャラクターは、「楽に他人に伝える」という目的のもとに利用されるインターネットメディアとの親和性が高いようだ。

つまり、インターネット上での評価は、まずアーティスト個々のキャラクター性ありきで行われる。ここ数年で大きくプロップスを上げてきた先のアーティストの面々を見ても、彼らのつくる曲のクオリティの良し悪しだけでなく、曲のなかで表現される"キャラクターの強さ"こそが鍵になっている。だから、Curren$yよりわかりやすいキャラクターイメージを持つWiz Khalifaのほうが評価されたし、The Packのなかでは言うまでもなくLil Bなのだ。

G-Sideを振り返ってみてみると、彼らのつくる楽曲自体の面白さやクオリティは他のアーティストと比較してもまったく引けをとらないし、アンビエントなローファイヒップホップのクリエイターとしては先駆者のアドバンテージもある。しかしそれでも、ムーブメントの顔にもなれず、いまいちブレイクし切れないのは彼らのキャラクターが決定的に弱いせいだろう。もし彼らが自分達の言うように"インターネットで成り上がる"と腹を決めたのであれば、曲の中で「俺達はインターネットから有名になった」という他にもっと何か表現することがあったはずだと思うのだけど……。この"The ONE...COHESIVE"だけでなくこれまでリリースされてきたアルバム/ミックステープの出来は全て申し分無く、時代の先端を行っているグループだけに、その波及力の無さがなんとも口惜しい。



□ 2010



Waka Flocka Flame
"Flockaveli"






Kanye West
"My Beautiful Dark Twisted Fantasy"






Wiz Khalifa
"Kush & OJ"






Lil B
"6 Kiss"






Young L
"L-E-N"






Stunnaman
"Legendary"






Tyler, the Creator
"Bastard"






Earl Sweatshirt
"Earl"






Mellowhype
"Blackendwhite"






Roach Gigz
"Roachy Balboa"






Starlito
"Renaissance Gangster"






Starlito
"Starlito's Way 3"






Big Boi
"Sir Lucious Left Foot: The Son of Chico Dusty"






Gunna Dee
"Hustler By Nature"






ECD
"Ten Years After"