Tuesday, November 07, 2006

微熱メモ vol.2

・Lady Sovereignのレビューをよく目にするが、どのレビューにも根底にあるのが「萌え」な気がする。彼女のキャラも00年代的なツンデレ・ラッパー娘だから当然といえば当然。同じくツンなM.I.Aとの比較レビューは、どんなに音楽のことを語っていてもその典型として見なした方が良い。私はM.I.A萌えであるとキッパリここに記す。

・黒人天才を聴いて思ったこと⇒外人が日本語でラップするということは勿論、「理解できる日本語」でラップをするということになるのだろうけど、外人が走馬灯やニトロみたく意味を成さない韻や単語の羅列でラップをしていたら黒人天才以上の強烈なインパクトを残すのではないだろうか。

・目下の考察テーマは「日本語ラップにおける"ストリート"とは?」。95年あたりから現在までにかけてラッパーが言うところの「ストリート」という単語が何を意味していたのか?というあたりをボンヤリ考えている。というのも、Scarsの言う「ストリート」ってかなり特殊だと思ったから。多分、どちらも実在する風景なんだろうけど、10年前のラッパーの「ストリート」のイメージと現在のラッパーの「ストリート」のイメージってだいぶ違う。なんでだろう。

・新企画「余作」、いかがでしたでしょうか。もともとは、blastの「side winders」に投稿した企画なのですが、「過激すぎる」とのことで没だったのでした。しかし、メディアがインターネットであれば、どんな過激な内容でも大丈夫だろ、という安易な考えのもとスタートしてみたのだけど、しょっぱなから「これって"余作"なのか?」という原稿を淀川さんが投稿してきたのでいきなり座礁した感は否めません。とりあえず、もうちょっと幅を広げる意味でも身近な人に声を掛けて書いてもらおうかなぁ?と模索しておりますので、もし可能であれば是非お手伝いいただきたい。もちろん投稿もお待ちしてます。

・DMCに出てくる鬼刃のモチーフは漢にマチガイナイ。

Monday, November 06, 2006

余作1 Thavius Beck -Thru

余作とは : 音楽好きな人ならば必ず一枚は持っている「音楽として良くも悪くも無いし、音楽史的にも全く重要でない」アルバム。言葉の使い方としては「このアーティストのこの作品は"余作"だろ」という感じ。アーティストのキャリアには全く必要ない作品を指す。
「アンダーレイテッド」どころか、この先も別段と評価もされずに歴史に埋もれ、押入れの段ボール箱の片隅に眠り続けるであろう余分な作品、きっとそのアーティストも記憶と記録から抹消したがっている作品をフィーチャーしていく企画。「音楽として良くも悪くも無いし、音楽史的にも全く重要でない」けど、思い入れだけは少しある作品へレビューを贈り、その存在を認めていく。






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アンダーグラウンドの住人/レーベルはMushにもかかわらず、myspaceのinfluencesのところには、Dizzee Racal、Wiley、Timbaland、DJ Paul and Juicy J(あとは無難にCANとかPrimusとか)と、お前はTTCか! というような名が連ねられているThaviusだけれど、TTCがこれらのアーティストが鳴らす音のポップなところやイノヴェイティブなところに感化されるのに対し、この人はこれらのギャングスタ調の音から一般受けしない暗さと、玄人受けしないチープさナスティーさを掬い取る点において趣向が異なる。

Mushのアーティストらしく実験的であることが目的化していたThaviusは、もともとはアブストラクトやエレクトロニカからはじまり、フリージャズのエッセンスを借りることでヒップホップの枠をすこし超えるいわゆるアブストラクトミュージシャンの王道コースを歩んでいたのだけれど、あるときからその実験精神が暴走しだし、「この世の地平にない孤高の音を目指すことは、誰からも好かれない暗黒な音を作り出すことと同義だ」とでも言うように、ボトムの上品さを切り崩してギャングスタラップのブルータルさを取り入れにかかる。そこに生まれたのは確かにワンアンドオンリーな孤高の音ではあるけれど、エレクトロニカというよりはシンフォニックブラックメタルのような薄っぺらく大仰なシンセが奔放に飛び交う中、支えるリズムは3-6マナーのギャングスタラップというこんなもの誰が喜ぶんだ? という代物であった。

Thaviusの実験精神が狂いはじめたころと時を同じくしてLab Wasteの相方Subtitleは、
「どうやったらシュトックハウゼンとダブリーをひとつの音楽に融合できるか? する必要なんてないんだ。だってダブリーはすでにシュトックハウゼンなんだから」
とドイツのパンクやトルコのプログレなど世界中のあらゆる音楽を聴いた結果、すべての音楽は同じであるという謎の悟りを開いていた。
そんな訳の判らない二人が衝突する暗黒ユニットLab Wasteのほうがひとりでやるときより目的すら見えないほどに混沌としていてるのは当然といえば当然で、ケイオスを形成するピースが足りず、Lab Wasteを格段にキャッチーにオーガナイズしたような内容になってしまった本作は日に日にその余作感が増していくことだろう。

[淀川マトン]

Sunday, October 08, 2006

Lupe Fiasco - Food & Liquor






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『既に早まる死期(四季)(手記)』にも書かれていたとおり、ムスリムでアニオタでスケーターでメガネ男子属性を兼ねそろえたルペたまは、萌えキャラとしての完成度だけでなく、その作品もたまげるほどの出来なのである。

数年前の蟹江とジェイ社長の衝撃によりコンシャスでタイトでファットでストリートな作品が巷に満ち溢れ、どの作品もすべからく文句のつけようの無いクオリティに息苦しさを感じていたのは私だけではないはず。右を見ても左を見てもツッコミを入れる隙のない優等生な作品ばかり。そんなものより今の時代に必要なのは萌え要素だ。コモンもルーツもGFKもTIもアウトキャストも萌えが足りない。

かといえば、アンダーグラウンドはもうメインストリームとやり合う気もないのか明後日の方向に行くアテもなく走りだすだけならまだしも、親父の髪より薄い内容の作品を牛の糞のようにボロボロ垂れ流す始末。06年も後半に差し掛かり、既に怒りを通り越して明鏡止水の精神にまで達していたところ、ついにルペたまという麒麟児がやってきた。

ルペたまはラッパーというより萌えキャラなので黒人的なファットでタイトなラップは似合わないし、やらない。アニオタらしくナーディで、スケータらしくイキってる感じの味のあるラップが武器なのだ。無論、トラックも土臭くてホコリっぽいものは好まないので、清涼感あふれるさわやかなR&B風のモテ系トラックが彼の飛び道具。"I Gotcha"のような大きくバランスを失しているビートも、同じようにバランスが崩れているルペたまのラップが乗れば丁度良い塩梅に曲がビシり立つ。「HIP HOPらしさ」から離れたところで独自のカッコ良さを追求した曲で構成されたこのアルバムには「黒さ」も「白さ」も無く、甘くてクールなビートと舌足らずにスピットされるラッピンに「萌え」があるだけ。

R&BにHIP HOPが殺されかけた時代(?)もあったようだが、HIP HOPがHIP HOPらしさのみを磨き続け、カウンターとなるべきインディペンデントシーンが自律神経失調症気味な現在でこそ、自信のある独自の美意識が一際輝きを放つ。たとえどんなにチャラくても風通しを良くする、「クラシック」とはこういうアルバムのことを言うのである。

(余談だけど、"Daydreamin'"のジャケはルペたまの魅力を伝えるのに充分すぎる。)

Sunday, August 20, 2006

Bennie K - ザ・ベニーケー・ショウ~on the floor編~








もう秋です。既に若干肌寒いので、みなさん体には充分気をつけてください。「今年の夏は最高の思い出をつくるぞ!!」と息巻いていたアタシのこの夏一番の思い出が、妹と行った田舎の墓参りだったという現実からできるだけ目をそらしながら早秋を過ごしているのですが、やっぱり秋はいいですねぇ。楽しかった季節も終わって毎日が静かに終末に向かっているような一抹の寂しさがたまりません。「今年の夏は何処に遊びに行った?オレ、彼女と沖縄!!」「へぇ、そういえばオマエすげえ日焼けしたなぁ!!」なんて会話をもうだんだん聞けなくなってくるのもなんだか寂しい感じがします。とはいっても、夏だというのに外にも出ず、淡々とジム通いしていたアタシの肌は雪のようにまっ白で、こういう友達の会話を隣でニコニコしながら聞いていることしか出来ないのでどうでもいいんですが。これからの季節はそういう会話を聞いてジェラシーを感じることも無くなるのでせいせいしますよね。


そんなアタシみたいな冴えない男でも、この夏にかける音楽は真剣に選びましたよ。その夏のイメージがかける音楽によって決まるといっても過言ではないですからね。アタシの夏を彩ったナンバーがコレ、Bennie Kの『ザ・ベニーケー・ショウ -on the floor編-』。もう何年も行っていない夏祭り風の囃子がアタシをハッとさせる5曲目の"pink noise babies"もはっちゃけたダンスミュージックで最高にクールなんですが、1曲目の"DISCO先輩"がなんとも素晴らしい。夏休み終わりで試験中の高校生に"DISCO先輩"という謎の人物が「踊り狂え!!踊り狂え!!」と迫り来るノリノリで素敵なサマーチューンです。アタシもこの曲を聴いて、真夏の夜にDISCO先輩と2人で踊り狂いました。今年の夏の思い出になった最高の曲です。

Saturday, August 05, 2006

微熱メモ vol.1

・2006年日本語ラップ最大の注目はなんといっても、DJ ISSO周辺の関東アンダーグラウンドの人たちだろう。しかし、DJ ISSOのMIX CDの中で何よりも注目してしまうのは、マイクアキラのラップ。あれほどイキリの入ったラップは他に無い。四街道のヘタれラップのようにいつの日かイキりラップが評価される日が来るのだろうか。

・The Streetsのフォロアーとして不健全国家イギリスでかなり評価されている(らしい)Plan Bはやっぱり正しくナードラップだった。音もラップもThe Streets以上のハードルの高さを提示しているが、よくよく聴いているとPipi Skid(@Peanuts & Corn)にクリソツ。これに気付いたとき、カナダのナードラップとイギリスとナードラップにビシっと一本の太い白い線が走った気がした。

・2丁拳銃「百式 2005」は今までの「百式」の中でも最低の出来。ホンのクオリティが3レベルくらい落ち、掛け合いのテンポも(おそらくは意図的に)グダグダになっているので、いままでの万全の状態の渋い戦い方とは違い、こつこつとラリホーとかで眠らされて体力を減らされている感が。

・というわけで、先日の「東京ダイナマイト祭り」もいろいろゲストが参加している割にみんなイマイチぱっとせず、一番私のハートをガッチリ掴んでいたのが猫ひろしとじじいぶぅだったという予期せぬオチ。猫ひろしとじじいぶぅの掛け合いはマジでケミカルノリ。この掛け合いならあと1時間観ていられたけど、きっと自分の魂が遠いところに離れてしまい再起不能になることも容易に想像できる。

・週3~4のジム通いの結果、体重は着実に減り続けようやく入社当時の体重に。ダイエットついでに公約どおり後輩女子社員にコクったところ派手にフラれて職場に居場所がNothing。席の目の前の娘なので気まずいことこの上ねぇ・・・。

・最近、うんこが異様に出まくる。

Monday, July 24, 2006

Nobody & Mystic Chords of Memory - Tree Colored See






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最近の私はというと、ダイエットにいそしむ毎日なのである。

北に行っては一日分の野菜ジュースを一気飲み、南に飛んではひたすらトマトをかじりつづけ、東にさすらってはルームランナーでひた走り、西に流れてはプールであえぐ日々がもう2週間。高校を卒業して体育の授業が無くなってから8年、怠惰と享受が競いあうようにへばりついたこの肉体がいまや私のシンボルになりつつある昨今、「高校のときの体重に戻したら、きっとあの娘に告白しよう!」という熱いキャッチコピーを胸に、今日も北へ南へ東へ西へ。まだいっこうに体重は減る気配がないけども、NOBODY(NO FATでTIGHTなBODY)に俺はなる!(ルフィ風に)

Nobodyの"And Everything Else"は「ヒップホップとロックとエレクトロニカとレゲエと民族音楽にまつわる『テンションの低さ』のみを結合した」感じの作品だった。自身が通過してきた音楽の「だるい」部分だけを輝く瞳で楽しげにつむいでいく、という異質すぎるスティーロにはまったくついていけなかったが、単に楽しい気分で楽しい音楽を鳴らしたり、鬱陶しい気分で鬱陶しい音楽を積み上げていくよりかは、はるかに後向きで前向きな訳のわからない構成にしあがっていて、そんな複雑な面白さにウットリした。

その翌年、Mystic Chords of Memoryという得体のしれないバンドとボーカルを引き込んでいったい何をやるのか?と思っていたら、なんてことはなし。やはりNobodyはそのバンドの音楽の「テンションの低さ」に恋しただけだったのである。けだるげに宙に漂うMystic Chords of Memoryの浮力となっているNobodyの音はまさに水。"And Everything Else"の時に見せた多様な音楽の「だるさ」のみを掬いとって、取り憑かれたように桶の中にそそぎこむNobodyの顔にはきっと満面の笑みが広がっていたに違いない。

Friday, July 07, 2006

It's Halftime

□ 2006年上半期11



Spank Rock
"YoYoYoYo"

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Muallem
"Frankie Splits"

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Five Deez
"Kommunicator"

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Gnarls Barkley
"St. Elsewhere"

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Busta Rhymes
"The Big Bang"

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The Team
"World Premiere"

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Keak Da Sneak
"Contact Sport"

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JME
"Poomplex"

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Nobody & Mystic Chords of Memory
"Tree Colored See"

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Various Artists
"Hue and Laugh and Cry"

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Seeda and DJ Isso
"Concrete Green"

Gaku-MC/桜井和寿 - 手を出すな!







DJ Fumiyaが居なくなって余計あらわになった「どことなくオチャラけたムード」と「アッパーな倦怠感」は最近の作品ではあまり無かったPharcyde感を絶妙に醸しだしているが、そこはかとなく立ち込める「金の匂い」がどうしても鼻につく。くるりとリップスライムでも、リップスライムとくるりでも、そんなもんどっちでも構わない。誰が誰と組んで「音楽」したところで、そりゃ勿論"Unfinished Business"。ゼニゼニゼニゼニ、この手に手に手に。

そういう意味では、「完全に金に目がくらんでいる」とピストン西沢に言わしめたGAKUと桜井のコラボのほうが圧倒的にいさぎよい。サッカーはどうやったら得点が入るのかも知らないので、W杯には全く興味がないのだけど、「この時期に桜井和寿と組んでW杯応援ソングをリリースした」ことの目的は子供でも理解できる。

前アルバム"A Day in the Life"で、サラリーマン応援ソングを歌ったり、何気ない平凡な日常のヒトコマを切り取っていたこと全てが偽善的に見えてくる魔法のシングル。そんなイメージを貶めるようなリスクを負ってまでも「利の利の利の利のまたその利」を得ようとするアグレッシブな姿勢こそがこの曲の魅力。あのアルバムに癒されていた昔の自分を殺してやりたい。

この曲を5回くらい立て続けに聴いていると、いつになくやる気のない桜井のリリックも相まって「俺たちの"Unfinished Business"に手をだすな!」という風にも聴こえてくる。

Tuesday, July 04, 2006

MC Super Megane

Friday, June 23, 2006

Demune - Crossbreeding and Grafting






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全然関係ない話だけど、私の友人が「久しぶりにNasの"Illmatic"を聴くと、青春時代を思い出して泣けるんだよね。」としみじみ語るので、そんな彼のことを殴りたいほど羨ましい、と思った。なぜなら私の青春時代の音楽は、狭くて暗くて臭い部屋のなかで独りで聴くのがすごく似合うものばかりだったから。(BEST OF JAPANESE HIPHOPとか)

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hueが「カナディアン・ナードヒップホップ」として端的に切り取った美しい景色ばかりに目を奪われていたから、そういえば00~02年のカナディアンヒップホップって欝で病的なビートの上でヒキコモリがひたすら呻いているようなノーフューチャーな代物だったことを忘れかけていた。あの頃の私はなんであんなものを嬉々として聴き続けることができていたのだろう。今思えば正気の沙汰と思えないけど、なんだかとても懐かしい。大学青春時代の真っ盛り。どうかんがえても非モテの極致。

これは、かつてのPlague Language勢やKnowself、Bending Mouth、Recycloneなどのカナディアンヒップホップのドス黒い残留思念の塊のような作品。いまやメイン/アンダー、実験/保守かかわらずスタイリッシュな作品が多く好まれる中で、この薄汚いドブの中に首を突っ込んで思いっきり深呼吸しているような音とラップには全く惹かれる要素も売れる見込みもないが、今ではあまりにアヴァンギャルドで自虐的なその姿勢が聴くものに鮮烈なインパクト(トラウマ)を与える。趣味が非常に悪いトラックのうえでオッサンがキモイうなり声をあげる瞬間、多くの人にきっと殺意が湧くと思うが、00~02年のナードラップファン(推定30人)は絶対に泣くはず。

Tuesday, May 30, 2006

だるまさん - そんなあなたに








「日本でヒップホップをやるならば、日本土着のポップスに対する影響を無視するのは嘘だろ」というMCUの真横にだるまさんを置いてみる。すると、「ポップス」を土台として実直なラップをハメ込み、存外キチンと組み立て上げていくMCUの「ヒップホップ」とは逆に、だるまさんはオーガナイズされた「日本のヒップホップ」をクソ丁寧に解体しているようにみえる。丸裸にされた「日本のヒップホップ」の中には「日本のポップス(民謡)」がはだけて恥ずかしそうに横たわっていた、というまるで実体はないのだけど、とても胡散臭い説得力があるモノグラフが浮かび上がる。

ビートの上で楽しげにラップを鼻唄のレベルへ解体していくだるまさんは、ラップをイミテートしようとして歪さが前面に押し出てくる「Jラップ」とも全く異なる面白さを持つ。ヒップホップどころかリスナーからも距離を取りまくり、だらだらと隙がありそうでいて全く無い、やっぱり邪道ラップとしても圧倒的にニュースタイル☆なのである。

Friday, May 19, 2006

Twigy - Twig






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誰がなんと言おうがSEXソングである"T.W.I.G.Y"が白眉。この曲の中で登場する"T.W.I.G.Y"とは単にSEXにはげむラッパーではなく、まさに女の欲望を一身に背負い神々しく猛りつづける男根そのもの。曲中で女が"T.W.I.G.Y"を渇望するたびにリスナーである自分も"T.W.I.G.Y" を求めているかのような淫靡で倒錯的な感覚に陥る。女をリスナーのメタファとすれば、じゃあTwigyは人間の枠をも超えてリスナーに快楽を与え続ける神 みたいなものじゃないか。

こんな調子だからゲストを一切排除して、Twigyが一人でアルバムを作り上げていたら、きっとECDがライナーでぶらさげた「天才」の看板の力と相まって、Boss the MCや降神みたく盲目的な信者を増やして教祖の階段でも駆けのぼっていたことだろう。

しかし、あちこちに妖怪変化のごとくわんさと登場するゲストMCたちがバチあたりなまでに俗なヴァースを戸棚に吐きつけてこの聖域を犯しまくった結果、神々しさが相殺されてあいかわらず地に足の着いた「ラッパーの作品」に。もしこのゲストの使い方が計算づくだとしたならば、私はこの"Twig"を実家の神棚に飾ることも 辞さない。

Thursday, May 11, 2006

Wiley - Da 2nd Phaze






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シ ングル単位ではマスには一切受けないような荒ぶり尖った曲が多 いのに、アルバムを製作すると途端にマスにもコアにも受けず目も当てられないような駄作を世に送り出す不思議のシーンのグライム。だからこそ、商業性に譲 歩したくないとの理由からメジャーレーベル3社からのオファーも断り、コアなグライムを広めるため自身のレーベルから世界配給を伺う意気込みまで見せてい たWileyの2ndアルバムには期待せざるを得なかったのだが、いざ発売してみると、
自身のレーベル → 元部下のレーベル(自分もわずかに参加)
世界配給 → 一つのオンラインショップの独占販売(今のところ)
新曲多数 → 過去に発表した曲の寄せ集め
と いうありえないレベルの規模縮小に大鉈を振るう相変わらずの不思議っぷりで戸惑うばかり。アルバムの最後に3曲目でディスっているMore Fire Crewのクラシック"Oi"を配置する自由すぎるパッケージングといい("The Blueprint"のラストがNasの"Half Time"みたいな)、曲よりもシーンそのものがケイオス。

若手のあいだで「あたればでかく、はずすと悲惨なものになる」という己のパー ソナリティーに完璧にマッチする玉石混合のミックスステープアルバムが氾濫す るなか、一定のプロップスを得たシングルばかりを集めたアルバムにしたのは、堂に入ったWileyのパーソナリティーには見合っているが、その高品質な安 定性と引き換えにスリリングさがほとんどないのが難点か。貫禄ある作品ではあるが、ぶっとんだ発想は少ないがために、西のハイフィー、東のグライムという ような印象 が頭をかすめる曲がひしめく中、唯一グライムのオリジナリティーと革新性をすべて馬鹿さにのみ注ぎ込んだかのような"Eski Boy"だけは、あたったときの若手の曲に太刀打ちできる
得体の知れなさと沸 点の高さをあわせもつベテランの妙技。Roll Deepのアルバムを通過したWileyにしか作りえない馬鹿さ全開のこの曲は、どこを切り取ってもポップでありながら商業性とは完全に切り離されてい て、発表時に「コアなグライムを広めたい」と似つかわない意気込みをみせていたのも納得できる間口の広さがある。何かの間違いで一発屋になる可能性がなくはないくらいには。

Saturday, May 06, 2006

Nitro Microphone Underground

Five Deez - Kommunicator






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真夜中に寺の鐘と木魚がボンボンポクポク鳴っているかのようなDJ Krushの"寂"のノーフューチャーな音を初めて聴いたとき、「安楽死してぇ」と心の底から思った。

世の中には、たとえ享楽的で刹那的であろうが他人に活力を与える音楽や、ヲタ臭くて頭デッカチであってもクリエイティビティを感じる音楽がたくさんあるが、 "寂"にはそういったものの真逆の要素-負のオーラがとことん凝縮されていて、その内容に絶望しつつもDJ Krushの手腕と懐の深さに改めて畏れ入った。この作品の呼称は「寂」というより「三途の川」の方がふさわしい。

Five Deezの"Kommunicator"はそこまで業が深いわけではないが、01年にリリースされたジャジーヒップホップの金字塔"Koolmotor" からむこう「まるでドラムの魔法使いや!」と一部で囁かれていたらしいFat Jonの官能的なビートは、その肉感と実験精神を残してダークサイドにゆっくり堕ちていった。

やたらと複雑でひたすら観念的なプロダクションの瘴気と、決まったレールの上から1mmたりともズレようとしない一本調子なラップが相まって、約1時間にわたり無数のタコ足ライクな肉の触覚に延々と嬲られているかのような気持ち悪さと気持ち良さを体感できる。この作品から「音楽のロマンチシズム/ファンタジー」を感じるには難しいかもしれないが、エロアニメ的なファンタジムというか「音楽のエロチズム」は存分に感じられる。

Thursday, May 04, 2006

Gnarls Barkley - St. Elsewhere






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最近ではGorillazや鉄仮面様と仕事し、プロップスと知名度を上げてきたDanger Mouse氏の次なる相方はアトランタのDungeon FamilyからCee-Lo。しかしこうやってコラボ歴を見ていると、コスプレレイヤーばかりを相方に選んでいるDanger Mouseのコスプレフリークっぷりの見事なものよ。(※ちなみに今回のコスプレは「ナポレオンダイナマイト(バス男)」)

Cee-LoにしてもDanger Mouseにしても出自が正しくヒップホップのはずなのに、Gnarls Barkleyでは2人そろって夢中になって好き勝手なことをやりすぎたせいで、ヒップホップたらしめる要素をどこかに置き忘れてしまい、もはやジャンルの原型もとどめずひたすら彼等の世界観だけが膨張の一途をたどる結果に。コスプレマニアは綿密にポップでヲタ臭いビートを練り固め、肉塊は黒く切れ味のある歌声を自由奔放に放つ。そこに生じるナーディズムとフリーキズムに交差点はなく、全14曲の間に各々のマニアックな魂だけが発散しつづけた。

しかしこういう作品を聴いて「どうあってもこんなの"ヒップホップ史"に残らなそうなところが素敵!」だとか「ポップなのになんか歌も音もキモい!」だとか「コスプレ最高!」といって手をたたいて喜んでいる自分もそうとう不健全だと思うが、Streetsやこんな作品がチャート上位にランクインするイギリスでは国家規模の不健全化が深刻になっている気がしてならない。

Sunday, April 30, 2006

MC Noriaki

Friday, April 28, 2006

Stiff Ninja Time!


Monday, April 24, 2006

Heartsdales - Ultra Foxy






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噂によると「年収400万円以下向け」の下流カップラーメンが日清から発売されるとか。

これが成功すれば、おそらくカップラーメンだけでなく、食品から日用雑貨、あげくは音楽CDまで100円ショップも真っ青の下流商戦が繰り広げられるに違いないが、Heartsdalesの新作"Ultra Foxy"は前作の"Super Star"の「安っぽさ」を前面にウリに出しているので、まさか既に「下流」を意識した作りになっているのか?とも邪推したが、よく考えなくてもCDの価格は¥3095なのに中味が「安っぽい」ってのは立派なサギだ。

雰囲気はやたらと下卑ているのにリリックの中味は乙女チックというツンデレ女も裸足で逃げ出す名作"Super Star"と比べれば、ゴージャス感が7割減の本作の魅力はやはり7割がた減。「じゃあ」とリリックに期待を寄せるが、どの曲のリリックも思考時間3分で書きました的なフレイヴァーが漂っていてどうにも勃たない。「もう我慢限界、頭まわんない」とか「歯が溶けちゃうくらいのsuger high状態」とかの台詞を聴くと、ジャンキーっぽさが妙にリアルで逆に笑えない。

大体"冬 gonna love ♥"ってどういう意味なんだ? この言葉の発想は正気な人間のものじゃねぇ。

Sunday, April 23, 2006

The Streets - The Hardest Way To Make An Easy Living






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全世界で200万枚を売り上げたらしいUKガラージ界のEminemことMike Skinnerの最新作は平坦かつ密閉された空間に新境地を切り開くかのようにカラフルなヒップホップテイストをちりばめた文字通りの「意欲作」。しか し、その味付けには、ヒップホップ風味をまぶすことでジコマン音楽世界をできるだけみんなの口に合うようにする、というような優しい心遣いは一切無く、まるで音楽でしか金儲けをできない運命を呪っているかのように自嘲的でヤケクソな悪意が満ち満ちている。

「普通はそう使わないだろう」という使用方法と分量であらゆるスパイスを平然と鍋にぶちこみ、「新境地の開拓」どころか彼の平坦かつ密閉された空間はその狂気と完成度をさらに上げた。一瞬 「もしや前作より売れ線狙いになったか?」と思わせておいて、聴き手の体力と気力の全てを吸い尽くそうとしているかのようなアルバムの構成はまさに罠。音とラップと歌、どれを取っても隙がない悪夢の三重奏。「ヘタウマ」などというなま易しい領域ははるか水平線の彼方に消えた。

きっと彼のファンには、「ヒップホップはボンクラの音楽だ」と信じて疑わない人が大勢いると思うが、そんな人たちにもここから先は危険区域だろう。成功してお金を 稼いでファンからあがめられても、リスナー達の目の前のハードルを上げて喜ぶMike SkinnerはドS、そしてこれだけ悪意に満ちた作品でも喜んでしゃぶりはじめるリスナーはきっとドM。ここに需要と供給のバランスが成り立った時、真のボンクラ変態シーンが確立される。

Keak Da Sneak - Contact Sport






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異様にアルバムの数が多いと思ったら、本人のふところにきちんと金が入るアルバムが実は3枚くらいしかないらしく("Sneakacydal", "Hi-Tek", "Copium")、"Kunta Kinte(仮)"なる正式なアルバムが用意されているさなか、同名の"Kunta Kinte"(通称"Fake Kunta Kinte")がいずこかからリリースされていたり、今年に入ってからも既に3枚もそれぞれ別のレーベルから収録曲が過去の音源とかぶりまくりのCDが出ている 中国人ミュージシャンのごとき渦中にあるKeak Da Sneak。その3枚の中でも特にKeak本人がmyspace上で発売を差し止めたかったが叶わなかったと言い、直々に「買うな!」と呼びかけている曰 くつきのアルバムがこれ。

「"Super Hyphy"がヒットしたし、全曲"Super Hyphy"みたいにしたら結構当たるんじゃねえ?」というようなことをリリース元が企んだかどうかは定かではないが、本作は"Super Hyphy"の変調でしかないような曲が山もなく谷もなく平坦なまま延々と反復する。全曲"Super Hyphy"の変調でしかないので、その異形のフロウから放たれる隙間だらけのKeakのラップは、1小節目だろうが15小節目だろうが、別の曲の26小 節目だろうが、フック以外はどこを抜き取っても同じようにしか聴こえないGKマーヤンかBig-Zのごとき様相。きっと、ランダムに適当な曲からカット &ペーストしてきても意味が通じなくなるくらいで音楽的には何の影響もないだろう。そのKeakを迎え撃つは、やはり"Super Hyphy"的な隙間だらけのワンループかツーループ程度のシンセでそっけなく作られたトラック郡。みだりに自己主張したりせず装飾的であることも拒絶 し、「隙間だらけのラップに一番合うのは隙間だらけのトラックだ」とばかりにKeakのラップを引き立てる役割しか果たさず、気づけ ば、Keakの意思とは無関係に金儲けの道具としてリリースされたアルバムにもかかわらず、ハイフィームーヴメントに浮かれる金の匂いなどは なく、腰を落ち着けて隙間を隙間として放置することを美学とするようなストイックさと、同じようなループが延々と反復するヒップホップにおける究極のミニ マリズム的世界観のみが心に残る。