Friday, November 30, 2007

Monday, November 12, 2007

Nitro Microphone Underground - Special Force






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このブログで良く知らないこと(政治とか宗教とか戦争とか)についてはとやかく書かないようにしているのだけど、「大連立」ってなんか麻雀の役みたいにキャッチーな単語だからその言葉だけで色々ごまかされていそうで憎くてしょうがない。民主主義の根本は国民一人ひとりの意思が政治に反映できるものだと思っていたけど、政局を進めるためだけにその大切な民意を勝手に統合してしまうこの妙案はまさしくテラ孔明。「天下三部の計」くらいの奇策だ。

そういえば最近読んだ村西とおる氏の美恵子さん亀田親子のコラムに感じ入るところがあった。両方とも「嫉妬の醜さ」がコラムのテーマで、まぁつまり花田の親父は器が小さいが故に嫉妬心で嫁の真意が汲み取れず、日本全国の親父は嫉妬心故に亀田の親父が許せなかったという話。確かに男のジェラシーより醜いものは無いと思った。

現在、日本語ラップにおいて男のジェラシーを一手に引き受けるラッパーと言えば、私の文章にしょっちゅう出てくるジブさんと、あとはKrevaに間違いない。しかし考えてみれば、ツラが良い、頭が良い、懐が深い、面倒見が良い、仲間から信頼を得ている等などの完全無欠のあらゆるモテ要素には私も嫉妬心を掻きたてられてしょうがないと告白しておく(「20代OLの一番好きな音楽No.1」ってどういうことだよ!>Kreva)。しかし、彼らみたいにリスナー獲得の為に貪欲と言えるほどクオリティコントロールに重きを置いているラッパーはなかなか他にいないのに、「なんだかPOPっぽいから」という理由で他のラッパーから強烈なジェラシーを向けられるってのも可哀想な話だ。「金を稼ぐ」だけの目的ならTha Blue Herbを見習うべきかもしれない。どんなにつまらないことを言っていても「POPじゃない」だけでとやかく言われないし。

いまや一つのヒップホップグループで、全員がきちんとキャラ立ちして、「ほぼ」全員がスキルフルなグループは他に無い、というだけでも貴重な存在のNitro Microphone Underground。各々のソロ作や他プロジェクトへ目を向けると、もはや一体なんで一つのグループとして収まっているか不思議なくらい明確に音楽性が異なっているように見えるのだけども、そんな位相のズレを無理やり強引に一つに圧縮して全員が窮屈そうにマイクを廻す"Straight from the Underground"は今聴いても大変面白いので、本作も楽しみに聴いてみたらあまりのつまらなさにゲロを吐きそうになった。作品を把握しようとどれだけ努めても、全く掴めきれないので、以下感想を羅列。

 ・20回以上聴いたにもかかわらず全くといっていいほど印象に残らない。覚えているのは、DaboとSuikenが警察に追われていたことくらい。
 ・そのせいでか、今まで「個性がある」と思っていたMC陣の見分けが一瞬つかなかったりした。Gore-Texかと思ったらDeliだったり、Suikenかと思ったらMacka-Chinだったり、「こんな奴ニトロにいたか?」と思ったらKashiだったり、Big-Zだったりした。
 ・Big-ZがワックMCを猛烈にDISっていてホッコリした。
 ・Daboのラップには貫禄がでてきたけども、Deliは若返っていた。そしてSuikenのラップには下っ端風情が滲み出てきた。
 ・なんていうか、全体的にひたすら地味。前作もタイトでダークな内容で、まだアレは「売れる日本語ラップ」で敢えてああいうことをやることにも意味があったと思うけど、今作はただ「POPじゃなく」するためにやっているようにしかみえない。
 ・契約上アルバム作らなきゃいけないんだろうけど、みんな別に言いたいことは何も無いんだろうなーと思った。なぜなら曲のテーマもリリックの中身も全員が全て似たり寄ったりで、その辺のムードがTBHの2ndや3rdにそっくりだから。
 ・今の風潮からしてリリックに凝りたいんだろうけど、「何か言わなきゃいけない」的ムードは彼らには合っていない。何も言いたいことないのなら立ち返って「言葉遊び」をすればいいのに。
 ・彼らが描写する「トーキョーシティ」って、私の知っている東京のイメージとだいぶ違う。「冷たい」というイメージと「硬質」なイメージは東京っぽいけども、どっか架空の都市なんじゃないかとすら思う。
 ・だからS-Wordが「カプセル・トーキョー」と言ったときにはハッとしたけども、良く聴いたら「闊歩する東京」の空耳だった。
 ・それにしても、これだけずっと聴き続けても、飽きるどころか未だに印象に残らないっていうのは、ある意味スゴイ作品なのかもしれない。

とにかく、アーティストそれぞれの主義主張がせめぎあっていた前作に比べて、この作品に個々の主義主張など全く無いことくらいは理解できた。感想をまとめると、ヒットチャートに上がっても男のジェラシーを向けられないようにただ「POPじゃない」ようにした保守作品、各々が何の主張も無く民主主義に則って「ただ作り上げた」だけのアルバムだということか。一見、薄味にまとまって、作品がコントロールされているように見えるかもしれないけども、それは違う。要するに誰もコントロールできなくなったから、皆揃って平均値を歩みはじめただけ。それならば"Special Force"などという横文字を使わずに「大連立」という作品タイトルにしたほうが力強いし、実態に合っている。

Wednesday, November 07, 2007

Ice Dynasty - Dynasty -23Anthem-






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Zeebraが"World of Music "で英語を多用するのは「日本語ラップを広めるという使命を終えたから」だそうです。なるほど。気がついたらヒップホップなど今まできちんと聴いたことない方でもマイクを持って韻を踏んでPCに録音すれば全国にリスナーが生まれる時代になっていました。COMPASSのインタビューでNorikyoが「RAP書いてレコーディングするだけって、はっきり言って中学生でも出来る」と言い、フリースタイルの重要性を改めて説いていましたが、「日本語ラップを広める」という目的が霧散したいまの時代はラッパー一人ひとりが「存在理由」を改めて問われているときなのかもしれません。きっとこれから先、個人個人の「ラップする目的」が如実に作品に顕れるようになっていくのでしょう。

そういう訳で「日本語ラップを広める」という使命から解き放たれた人たち(特にベテラン勢)が次にどのようなことを表現するのか非常に興味を惹かれているのですが、何も「目的意識を持たねば面白い作品は出来ない」ということを言っているのではありません。例えば、目的も無くぼんやりと日々を漂うボンクラが万年的に抱えるモヤモヤを具体化したようなRip Slymeの"Talkin' Cheap"という作品は、やはり同じようにモヤモヤを抱える多くのボンクラに共感を得て支持されました。このときに彼らが表現手段としてヒップホップを選択した理由を知りはしませんが、この時代にあって妙な使命感に縛られない「目的意識の無さ」が"Talkin' Cheap"の夢のような世界を強固なものにしているのです。

実はIce Dynastyのことをそのグループ名からしてDQNのラッパー集団であると勝手に思い込んでいました。そして実際、彼らの楽曲を聴いてみると、やっぱりDQNらしいネタ感満載のセルアウト上等なトラックの上で、頭の悪そうな典型的なセルフボースティングや金ネタやナンパネタを決して上手くは無いラッピンで決め込んでいたので「それ見たことか」と気色ばんで曲を聴き進めていたのです。しかし、その浮かれきったDQN達のテンションの陰に、ひっそりと繊細な言葉が見え隠れすることに気付いたとき「おや?」とまず思ったのでした。「いつか絶対セレブ」とのたまうOLのような上昇志向の裏で『いつか世界は無くなるのさオマエの生きた証の数々も無い / それ聞いた途端に無くなりもがく / どうせ世界が無くなるのなら生きたいように溌剌とさ / そして迎えてくれよまず明日をな』というようなことを言うのです。

アルバムの終盤まで曲を進めたとき、彼らのヒップホップは極めて純粋な「初期衝動」に突き動かされたもので、妄想的な上昇志向の中身には出口の無いニートでフリーターなDQN達のモヤモヤがたくさん詰まっていたことに気付かされました。吐かれる『始まりはSunset終わりはSunrise / 今日は何軒まわったっけクラブ? Up & Downするテンション / いつも過ぎていく一日はあっけなく…』から始まるラインには、クラブで仲間達と楽しく馬鹿騒ぎした後の空虚な日常が見事に描き出されていました。確かに"Dynasty -23Anthem-"ではDQN達がDQNなトラックでDQNなラップを繰り広げています。しかし、そこで複雑に屈折して、反射する言葉の糸を手繰り寄せたとき、そこには大きなモヤモヤがあって、それは「目的意識のない」"Talkin' Cheap"の能天気なモノとは違い、「中身の無い上昇志向」に縛られた、より閉塞的で、より刹那的で、より灰色がかった哀しいモラトリアムの上に成り立っていることがわかったのです。

『明日は明日の風が吹くだろう / Highになって飛ばす車を / 誰もいないとこに向かおう / Sky The Limit可能性は?』