Wednesday, July 14, 2010

Big Boi - Sir Lucious Left Foot: Son of Chico Dusty






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当初のリリース予定から3年も延ばされ、Andre3000と絡んだ曲を入れないことを条件に別レーベルからリリースすることを許されて、ようやく陽の目を浴びることのできたBig Boiの"Sir Lucious Left Foot: Son of Chico Dusty"は彼の律儀な性格が隅々まであらわれた名作だった。その律儀さは何も Andre3000がOutKastの活動をサボタージュしている一方で、こつこつとソロアルバムをつくってレーベルとの折衝に長い年月を費やしながらリリースにこぎつけた姿勢だけにあらわれているものではない。この作品の魅力はそれぞれの楽曲の内容、そしてインターネットから産まれるヒップホップシーンの背景とBig Boiの置かれた立場を踏まえてこそ際立つ。

ことヒップホップにおいて、インターネットからミックステープの無料配布や楽曲・動画の配信を行って、アーティストの知名度を上げるというプロモーション方法はもはや一般的なものになったが、もともとインターネット上での音源共有は商業流通されている音楽ファイルの違法アップロード/ダウンロードから端を発していることを忘れてはならない。個人対個人で音楽・動画ファイルをやりとりするP2P方式から、WEB上にアップロードされた無数のファイルを誰もが自由にダウンロードできるオンラインストレージ方式へ移るに従い、インターネット上での違法音源のやりとりは爆発的に増えた。

長引く不況によって、"世間に売れる音楽"をつくる体力しかなくなったメジャーレーベルは自らが契約している多くのアーティストの才能を黙殺し、新たな才能を発掘して世間に認めさせることを放棄した。売れるラッパー、売れるメロディ、売れるゲストを取り込むことのできた楽曲だけが商業の流通に乗って売りに出される世の中になった。他方で、インターネットがインディペンデントなアーティスト達の受け皿となって、彼らの音源や動画をリスナーへ届け、新たな才能を次々に発信しているのは間違いない。しかし、そもそもメジャーレーベルの体力が一部の限られた楽曲しかリリースできなくなるほど落ち込んでしまった原因を考える必要がある。何が"音楽の流通"を殺したのか? ブッシュによる無意味な戦争のせいか? リーマンショックによる恐慌のせいか? それとも、インターネット上ではびこる違法ダウンロードのせいか?

結果的に、youtubeやrapidshareといったオンラインストレージサービスが見捨てられた地方にくすぶっていたヒップホップを加速度的に発展させ、次から次へと新しいムーブメントやスタイルを産み出し、絶え間なくリスナーへ刺激を与え続けている以上、それを"悪"だと切り捨ててしまうのはあまりに狭量だ。だがしかし、それらのインターネットツールが音楽の流通を殺して、商業レーベルとそこにぶらさがるアーティスト達の首を絞めているのも確かな事実だ。インターネットツールはメジャーレーベルの血脈をじわじわといたぶりながら、そこから溢れ出てくる無数の才能に光を当て、ヒップホップの更なる発展を促すというサイクルをつくっている。そういう意味では、シングルヒットに恵まれなかったためリリースを延々遅らされ、プロモーションもろくに行われなかった結果初週のウィークセールスが7万枚にも届かなかった"Sir Lucious Left Foot"はまさに"悪い意味で"インターネットツールのあおりを受けたアルバムといえる。

しかしそれでもなお、リリース1週間前には自らのmyspaceでアルバム全曲をフル公開し、契約上リリースが不可能となったAndre3000との曲("Looking For Ya")を無料配信するBig Boiは(twitterでは「"Looking For Ya"をダウンロードして"Sir Lucious Left Foot"の10曲目に入れてくれ」とも言っている)、自分の被った打撃以上にインターネットから広がっていくファンとシーンの可能性を信じているということではないのか。


"Lookin for Ya" ft. Andre 3000, Sleepy Brown : download

ファンク、クランク、トランクミュージックに目配せをしつつ、Lil' WayneやDrakeではなくもっとストリート寄りの"旬"なアーティスト――YelawolfにGucci Maneをゲストに置き、Dungeon Familyを軸に沿えながら"OutKast路線"を踏襲する。"Sir Lucious Left Foot"はBig Boiがファンの目線に立って、"Speakerboxxx / The Love Below"の先に広がるFuturisticな世界観から"Southernplayalisticadillacmuzik"のオールドスクール志向なフレイヴァまでを取り入れ、ファンの求める「いま最もイケているOutKastのアルバム」を見事に構築してみせた作品だ。

長いキャリアのなかでの初めてのソロ作なのに個人の趣味に走らず、忠実にOutKastとしてのアルバムをつくったBig Boi。音楽業界全体が低迷しほとんど全てのメジャーレーベルがどん底に沈む中で、2度とソロアルバムを流通させることはかなわないかもしれないが、インターネットプロモーションをも活用して律儀に作られた"Sir Lucious Left Foot"の内容と質に魅了されたファンが今後の彼のキャリアを支えていくには違いないのだ。

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