AKLO - 2.0 & RHYMESTER - MANIFESTO
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前作"A DAY ON THE WAY"からわずか3ヶ月、AKLOがドロップした新しいミックステープ"2.0"は恐ろしくエコなつくりだった。Lil Wayneのミックステープ"No Ceilings"(→ダウンロード)からほとんどのビートを拝借し(しかも本人曰く原曲を聴いてすらいないのもある!)、そのまま曲タイトルをAKLOなりに解釈したラップを載せただけ。USミックステープ文化を踏襲してつくったローコストでインスタントな内容だけども、そこには日本人が直訳してしまうことで生み出されたウッカリした面白味が溢れていた。
その面白さは、"Forever"での1人4役ラップ挑戦みたいなものより、CMだらけのメディアに「貧乏臭い」と形容してみせるところや、女をはべらせながら酒やシロップやコカインやマリファナで時間を無駄遣いするパーティー賛歌"Wasted"を「DJがつまらないから悪酔いするんだ」と悪態つきながらナンパにあけくれるクラブライフをボースティングするリリックに変えてしまうような、"カッコいいものとダサいもの"を完璧に区別してコントロールできているような万能感の中にある。FatBoiやKEの刺激的なビートに日本語のラップが載っているだけではない、日本人の感性とアメリカ人の感性が交錯したようなスワッグ――クールでカッコいいのだけども果てしなく馬鹿馬鹿しい感じのスタイルが、いままでには無い目新しい武器となってリスナーを魅了する。いまUSで鳴っているビートとラップを日本語ラップに置き換えてしまえばまだまだ広げられる表現の幅がある。おおよそ考えて作りこまれたとは思えないこの"2.0"はUSヒップホップの延長でしかないような簡素なつくりだからこそ、日本語ラップが持っている"余白"をより際立たせて見せてくれる。
"MANIFESTO"の中心テーマは、先行シングルの"ONCE AGAIN"が示すとおりのものだった。アルバム全体を通して、40代に差し掛かろうとするベテラン中年ラッパー達が日本語ラップという音楽表現へ真正面から挑む、ちょっと感動的な内容。そのため"ONCE AGAIN"や"ラストヴァース"といった曲に象徴的な、中年親父が日本語ラップに持つ想いや夢をそのままリスナーへの応援歌にしてしまったようなアツい印象がアルバムを覆うが、このアルバムの持つ「前向きさ」は寧ろ"再挑戦"する彼らが自分達のキャリアを振り返り振り返りながら進んでいく姿を通してこそ強調されている点に着目したい。
この作品の随所に見られる"キャリアを振り返りながら前に進んでいく"姿勢は、「大切なのは創意工夫を続けることだ」だとか「ぐだぐだ言う前に何かをやれ」というともすればオッサン臭い説教になりかねないメッセージを、自分達の経験から来る教訓として万人へ伝えるための術となり、自分達の見てきた景色や感じてきた想いを単なるノスタルジーではなく、前に進むための"通過点"としてポジティブなビジョンに変えるフックとなる。"自分の過去や経験を振り返る"、"他人へ自分の意志や想いを伝える"という一見すればとても簡単なことを日本語ラップというフォーマットから幅広い人々に受け取ってもらうためにはどうすべきか。キャリアを積んだベテラン達がその一点の課題に心血を注いだであろうこの"MANIFESTO"には日本語ラップを世に広めていくための"余白"を埋める方法が色々な形で織り込まれている。
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