Pill - 4075: The Refill
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景気が悪くなるとヒップホップが活性化する――その言い伝えが本当ならば、黒人若年層の失業率が34.5%となった現在のアメリカのヒップホップは生気に満ち溢れているはずだ。しかし、景気の悪化で音楽がまったく売れなくなってしまった結果、商業レーベルは「確実に売れる安全な」アーティストの作品を欲し、ヒット曲の存在しないアーティストはアルバムを発売することさえ許されなくなった。気がつけば、ストリートからトレンドを発展させてヒップホップの"若さ"を保つ好循環は断ち切られ、向上心を捨てた豪華客演陣に頼りきりの妥協の産物がチャートの上位を占めるようになっていた。Jay-ZはAlicia Keysと手を組み「ニューヨークはお前を輝かせる」という観光PRのような曲を1位に送り込み、Rick Rossは"Deeper Than Rap"で童子-Tの"12 Love Stories"に匹敵する己の存在感を無に帰した着うたラッパーの完成形を見せ、Gucci Maneはファンの誰もが望んでいないUsherやKeyshia Coleとの共演を強制させられ、アルバムというフォーマットはアーティストの評価を固めるものではなく金を得るためだけの道具に成り下がった。
かくして、才能を持った数多のアーティストが作品を流通させる術を失った。せっかく曲を作っても、きちんと広告を打ち、パッケージを売り出してくれるレーベルは無い。そうすると彼らは、何よりもまずは自分の名前を売るためにネット上にフリーの楽曲をアップロードするようになった。無料で自分の曲を切り売りし、自分の存在を一人でも多くの人に認めてもらうことが最優先の課題となった。時代のトレンドとリスナーの欲求を貪欲に模索し、コネクションを駆使しながらいち早く自分なりの新たなスタイルを発信する。自分が作り上げた新しいスタイルがうまいことリスナーにキャッチされれば、"次のアクション"がようやく取れるようになる。リスナーとアーティストの新陳代謝が狭い(しかしオープンな)オンラインストレージサイトで活発に行われるようになり、当然、細胞が腐り落ちた商業シーンから発表される作品よりも、高いクリエイティビティとクオリティを持った作品がネット上にあふれはじめた。
たとえば、コネクションと初期衝動を武器にクランクを暴走させたWaka Flocka。Yung L.A.とJ. Futuristic(J. Money)はレトロゲームじみたカラフルなポルタメントを猥雑にたゆたい、Rich Kidsなどのさらに若い世代がその後を追う。『景気が悪くなるとヒップホップが活性化する』、確かにヒップホップの更新は音楽"業界"からは途絶えてしまったが、貧困層のパーティーミュージックは地元とネットという水面下で圧倒的な物量でもってヒップホップを少しずつ更新しつづけている。毎日のように新たなヴァースが流出/発表されるGucci Maneの魅力は、正規のアルバムを聴いただけでは10%もつかめないのだ。
そして、ただのパーティーミュージックではない社会的な視点と高い美意識を持った音楽を作っているのが、Pillやその事実上の相方となっているFreddie Gibbs、Playboy Tre、G-Sideなどだ。見捨てられたフッドの姿をそのまま映した"Trap Goin Ham"のPVで一躍有名になったPillは、アトランタの他のラッパーに比べると非常に保守的だと言っていいだろう。サンプリングを主体としたオリジナルのトラックに、Geto BoysやNas、Kanye Westなどのトラックを織り混ぜ、そのラップスタイルにはTalib Kweliのような端整さ、MJGのようなラフさ、T.I.のようなしなやかさが垣間見られる。Pillは、90年代サウス/NYから00年代ロカフェラ/トラップミュージックまで、ここ20年のヒップホップの"流れ"を一直線につなぎ、その魅力をあまさず包み込む。
ヒップホップの伝統を継承しつつも現代のスタイルを体現するPillにとって、ヒップホップと社会/生活(ストリート)の問題は切っても切り離すことはできない。幼少のころから父親はおらず、母親はクラックに溺れて死に至った。しかし、それでも自分の腹を満たすため、明日の生活のために穴の開いた靴でドラッグを売り歩き、寝床を求めて拳から血が出るまで友人知人の家の扉をノックしつづける。彼にしてみれば90年代の"ヒップホップの黄金期"と呼ばれる時代と、目の前に広がる景色は何も変わっていない。
ビート、ラップ、詩――商業の流通から消え去った現代のヒップホップの姿が地元とネットという水面下で生きながらえている。下のPillの姿とJay-Zの姿をあわせて見れば一目瞭然だろう。
9 comments:
景気が悪くなるとhiphopが活性化するではなく
ブロックパーティーや野外でのパーティーの規制がゆるむことで活性化するだとおもいます!
レーベルが悪いんじゃなくメディアやデジタル化、バビロン系が一番の問題!!
昔バスタが『hiphopは90年代前半から中盤にかけてがピークだった。それはなぜかと言うと現場(ブロックパーティー)が一番多かった時期だから。でも今はビデオミュージックに変わったおかげで世界中の人に聞いてもらえる』とポジティブ発言!!
もっとポジティブに考えてネガティブをバビロンに当てよう!!
それがhiphopの意味!!
『景気が悪くなるとhiphopが活性化する』という言葉自体は、逆境の中でこそリリックのトピックが増え、ビートやラップや詩の掘り下げが行われ、スタイルが更新されるというhiphopの強さを指しているものと理解しています。
では、その逆境にあるhiphopの現在形をいまどこでどうやって発見することができるのか?という話が今回のレビューの肝になります。流通やITあるいは法規制や経済状況などを含め、構築されたいまのシステム(環境)の中でどういったhiphopが何処で作られているのか?それを私達はどうやって発見できるのか?
90年代のUSの現場で作られていた音源を私達が耳にしていた方法と、現在のUSの現場でつくられている音源を私達が耳にできる方法は異なります。なぜならシステム(環境)が20年前と異なるからです。そしてプレイヤーも変わっている。
システム(環境)が変わったことで、いままで通りに行かなくなったことや嫌なことも多々あるかもしれませんが、逆に少なからず恩恵を受けている部分もある。そして、その仕組みをポジティブに利用してhiphopを更新している人たちがたくさんいる。その事実を音源を通して目の当たりにすればネガティブになる人もあまりいなくなるのではないか、という想いもこのレビューに込めています。
僕もPillを支持していますが、今の話題性を保ったまま息の長い活動を続けられるだろうか?という懸念があります。まだZ-RoやBoosie級のローカル・ヒーローではありませんし、ネット民は移り気なので…。
もちろん、インターネットを介したプロモーションを否定するつもりはありません。ただ、ヒット街道を拒むなら、ネット人気だけでは不安な気がするのです。
コンサートやマーチャンダイズで生計を立てるにも、ストリートでの支持基盤を磐石なものにできるかが今後の鍵になるのではないでしょうか。
本当に変わったのは聞き手と時代!!
レーベル、アーティスト達は本当の意味のGet Rich or Die Tryin'の中で試行錯誤し、一番の犠牲者にもかかわらずポジティブにビジネスしていると思います。
聞き手の変化があるというのは確かにそうかもしれません。そして、それはネットの力によって変わってきたという面も確かにあるかもしれません。だけど、本当にそうだと言い切れる人はいないでしょう。ネットはやらないけど、茶の間でTVのニュースや娯楽番組を消費している人が移り気じゃないと誰も言い切れない。コマーシャルを打って売れている作品だって一発で終わったものはたくさんあります。
アーティストの立場にたって考えたときにフリーのミックステープばかりが注目されて、結局彼らがhiphopで生計を立てることができないのではないのか?という疑問を私も持っています。また、商業の流通にのっている作品しか取り上げることのできないメディアしかない中で、彼らがこれ以上のプロップスを得ることが本当に可能なのか?という疑問も持っています。
聞き手の姿勢が変わった、流通の仕組みやメディアの仕組みが変わったというのは事実を述べているだけで何も建設的ではない、と私は考えています。何年も昔の作品にしがみついたり、現在の状況を憂いているだけの人が面白い何かを生み出した例を知りません。
やはり大切なのは、その逆境の中でもシステムを利用して良い作品をリリースしているアーティストをきちんと受け入れて評価すること、それ以外に無いのではないでしょうか。それはY.U.さんのいうところのストリートの支持に繋がる。
アンテナを立てて新しい環境で新しいことをやっている人を発見して、受け止めて、皆に広める。そのサイクルこそが現在のhiphopに一番大切な気がしています。
追記ですが、「アンテナを立てて新しい環境で新しいことをやっている人を発見して、受け止めて、皆に広める。」という循環をつくることについて、ネットほど有効的なツールはない。そういう意味では恵まれた環境にいると非常にポジティブに捉えています。
そんなにかたく考えずに…
一回目に聞いた時、いいかどうか…
聞いてくうちに良くなってくる曲もあるけど…
違和感を感じるんだったら聞かない!!
商業レーベルよりこうやってネガティブをブログを通じて広める事の方が問題かも知れないですよ。
ネガティブじゃないって言うと思いますが…
気楽にいきましょう。
こんばんは毎回楽しく読まさせてもらってます。
しかしこの音楽はどんな手を使っても進化の歩みを止めないですね
自分はそこがヒップホップの一番引かれる部分であり、好きな所でもあります
サンプリングが規制されてティンバやスウィズが出てきた時みたいに、逆境になってこそ輝く!!
これこそまさにゲットーミュージックの鏡だと思います
自分もこの状況を楽しみつつ、アーティストはどうやって金稼いでんのかなーかなと疑問に思ったりしてるのですが・・(絶対金にはならないですよね)
フリーじゃなく課金制になるのか?はたまたライブで稼ぐ様になるのか?まー自分のような凡人が思いもつかない方法で進化して行くのでしょう
逆に今は過渡期ということで、これからどうなって行くか?自分はそっちの方が楽しみです
もしこれから先上手くネットを使いながらアーティストが稼げるようなビジネスモデルを構築出来たら、日本のヒップホップにも良い影響が出そうですね
>逆に今は過渡期ということで、これからどうなって行くか?自分はそっちの方が楽しみです
>もしこれから先上手くネットを使いながらアーティストが稼げるようなビジネスモデルを構築出来たら、日本のヒップホップにも良い影響が出そうですね
そうですね。
ネットで流通している音源が商業の流通を超えた枠で広がった場合どうなるのか、ということは誰もわからない。何か新しいアクションを起きているということだけでも先々に可能性を見出すことができる。何も起こらない可能性もあるけど、瞬間的にでも「楽しさ」を覚えることができる。
1年くらい前に、日本語ラップが淘汰される可能性があるというようなことを書きましたが、大事なのはシステム(環境)が変わったときにこそ、それを受け入れる度量の深さなんじゃないかと思っています。流れに取り残されるとそれこそ淘汰される気がする。hiphopが若さを保ちつづけて来たのも、そういう流れを常に吸収できたからですからね。
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