Kanye West - 808s & Heartbreak
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「アイデアは出つくしたと言われる時代です。しかし、既にあるものを組みあわせていけばまだ未来は作れるはずです。独創性への幻想は終わっているのだとすれば、誰でも何でも新しいものを作るチャンスがあるはずです」(村上隆「芸術起業論」より)
音楽家として超一流とは言えないKanye Westがそれでも超一流のアーティストたりえるのは、誰よりも明確なヴィジョンを持ち、誰よりも音の必然性を重視しているからだ。2ndでのWestは音楽家/発言家としての深化を装いシリアスぶりたかったからこそJon Brionのオーケストレーションを利用してみせ、3rdでみせたエレクトロ/サウスへの歩み寄りは、「俺はシリアスな話題を啓蒙する優等生なだけでなく流行の最先端がわかっている超クールなヒップスターでもある。どうだ? 俺はすごいだろ?」と言いたいだけの空っぽな内容にぴったりの音だった。
母親が亡くなり、婚約者と別れ、俺は傷心している、お前が悪い、誰にも俺の心のうちはわからない、と独りよがりな気持ちをぶつける"808s & Heartbreak"では孤独、悲しみ、被害妄想、昂ぶりなどの整理されないままの感情をつきつめ、調子のはずれた電子音やトライバルな太鼓、オートチューンでリアリズムを放棄した不安定な歌声をアートにかぶれた凄愴な音像に具体化して、意味づけを行ってみせる。
この作品での最大のはったりは、「安っぽくて誰にでもコピー可能な808の無機質な音にはエモーションを喚起させる普遍性が存在する」というJon Brionの言説に従って、「オートチューンにも同様のエモーションを喚起させる普遍性が存在する」とでっち上げてみせるところにある。「お前らが散々ワックだと騒ぐオートチューンにはお前らごときには理解できない真理がある。それを発見した俺はすごい」といういつもどおりの自尊心に満ち溢れたWestらしいコンセプトだろう。
Westは音楽家としての自分の限界を誰よりもよく理解している。J Dillaのような一つの道を究める求道家でもなければ、Andre 3000のように限界を打破する革新的なアイデアを持っているわけでもない。それでも、ヒップホップの文脈の上で何をやれば新鮮に映るか、冒険的と言われるのかを徹底的にリサーチして、既存のフォーマットを組みあわせることで、「新しいもの」を常に提示することができる。歌を歌うラッパーは今では五万といる。オートチューンや808は氾濫している。内省的なコンセプトにしてもアンダーグラウンドや他ジャンルでは散々やりつくされたことだ。それでも、それらを組み合わせれば誰も聴いたことのない"808s & Heartbreak"を作ることはできる。
別に新しいアイデアも必要なければ、自分だけの力で作品をつくりあげる必要もない。必要なものは、いま求められているものは何か? を肌で感じられるセンスと、音楽シーンにおける"文脈"への理解。古いものと新しいものを見分ける知識と能力さえあればいい。あとは、自分に明確な作品のヴィジョンと莫大なマネーさえあれば、誰にだってこのレベルの作品を作ることができる。"808s & Heartbreak"ではWest自身が何をやっているのかわからないほど、作曲/編曲にJeff Bhasker, Young Jeezy, Consequence, Esthero, Kid Cudi等々、使えるマンパワーとマネーを湯水のごとく総動員し、2週間で作り上げて、それを証明してみせた。
2 comments:
はじめまして。日本語ラップの情報ブログをやっているcorpo(コーポ)といいます。
この記事に関するコメントではないのですが(Lil'諭吉の存在は初めて知りました。今後聞いてみたいと思います。)、微熱さんの連絡先がわからなかったので比較的邪魔にならないと思われるこちらにコメントさせてもらいました。不適切なら削除してください。
いつもブログ楽しく読ませてもらっています。
実は今自分のブログで日本語ラップのレビューブログの記事をまとめたものを作成して公開しています。
本来ならば先に了解を取るべきだと思うのですが、まずは形にしてみたいと思いまして、勝手ながらそこにここの記事も加えさせてもらいました。
そこで、今後もこのような形でまとめを作っていきたいと思うのですが、ここの記事も加えてもよろしいでしょうか?
こちらから勝手にリンクを張るだけなので、そちらにはなにも負担をかけることはないと思います。
連絡するのが、遅くなってしまったことをお詫びします。
それでは検討のほどよろしくお願いします。
すいません。Lil'諭吉の記事にコメントするつもりがあやまって、Kanye Westの記事にコメントしてしまいました。内容は同じなのでかまわないのですが、不適切なら削除してください。
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