Wednesday, December 02, 2009

Pill - 4075: The Refill






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景気が悪くなるとヒップホップが活性化する――その言い伝えが本当ならば、黒人若年層の失業率が34.5%となった現在のアメリカのヒップホップは生気に満ち溢れているはずだ。しかし、景気の悪化で音楽がまったく売れなくなってしまった結果、商業レーベルは「確実に売れる安全な」アーティストの作品を欲し、ヒット曲の存在しないアーティストはアルバムを発売することさえ許されなくなった。気がつけば、ストリートからトレンドを発展させてヒップホップの"若さ"を保つ好循環は断ち切られ、向上心を捨てた豪華客演陣に頼りきりの妥協の産物がチャートの上位を占めるようになっていた。Jay-ZはAlicia Keysと手を組み「ニューヨークはお前を輝かせる」という観光PRのような曲を1位に送り込み、Rick Rossは"Deeper Than Rap"で童子-Tの"12 Love Stories"に匹敵する己の存在感を無に帰した着うたラッパーの完成形を見せ、Gucci Maneはファンの誰もが望んでいないUsherやKeyshia Coleとの共演を強制させられ、アルバムというフォーマットはアーティストの評価を固めるものではなく金を得るためだけの道具に成り下がった。

かくして、才能を持った数多のアーティストが作品を流通させる術を失った。せっかく曲を作っても、きちんと広告を打ち、パッケージを売り出してくれるレーベルは無い。そうすると彼らは、何よりもまずは自分の名前を売るためにネット上にフリーの楽曲をアップロードするようになった。無料で自分の曲を切り売りし、自分の存在を一人でも多くの人に認めてもらうことが最優先の課題となった。時代のトレンドとリスナーの欲求を貪欲に模索し、コネクションを駆使しながらいち早く自分なりの新たなスタイルを発信する。自分が作り上げた新しいスタイルがうまいことリスナーにキャッチされれば、"次のアクション"がようやく取れるようになる。リスナーとアーティストの新陳代謝が狭い(しかしオープンな)オンラインストレージサイトで活発に行われるようになり、当然、細胞が腐り落ちた商業シーンから発表される作品よりも、高いクリエイティビティとクオリティを持った作品がネット上にあふれはじめた。

たとえば、コネクションと初期衝動を武器にクランクを暴走させたWaka Flocka。Yung L.A.とJ. Futuristic(J. Money)はレトロゲームじみたカラフルなポルタメントを猥雑にたゆたい、Rich Kidsなどのさらに若い世代がその後を追う。『景気が悪くなるとヒップホップが活性化する』、確かにヒップホップの更新は音楽"業界"からは途絶えてしまったが、貧困層のパーティーミュージックは地元とネットという水面下で圧倒的な物量でもってヒップホップを少しずつ更新しつづけている。毎日のように新たなヴァースが流出/発表されるGucci Maneの魅力は、正規のアルバムを聴いただけでは10%もつかめないのだ。

そして、ただのパーティーミュージックではない社会的な視点と高い美意識を持った音楽を作っているのが、Pillやその事実上の相方となっているFreddie Gibbs、Playboy Tre、G-Sideなどだ。見捨てられたフッドの姿をそのまま映した"Trap Goin Ham"のPVで一躍有名になったPillは、アトランタの他のラッパーに比べると非常に保守的だと言っていいだろう。サンプリングを主体としたオリジナルのトラックに、Geto BoysやNas、Kanye Westなどのトラックを織り混ぜ、そのラップスタイルにはTalib Kweliのような端整さ、MJGのようなラフさ、T.I.のようなしなやかさが垣間見られる。Pillは、90年代サウス/NYから00年代ロカフェラ/トラップミュージックまで、ここ20年のヒップホップの"流れ"を一直線につなぎ、その魅力をあまさず包み込む。

ヒップホップの伝統を継承しつつも現代のスタイルを体現するPillにとって、ヒップホップと社会/生活(ストリート)の問題は切っても切り離すことはできない。幼少のころから父親はおらず、母親はクラックに溺れて死に至った。しかし、それでも自分の腹を満たすため、明日の生活のために穴の開いた靴でドラッグを売り歩き、寝床を求めて拳から血が出るまで友人知人の家の扉をノックしつづける。彼にしてみれば90年代の"ヒップホップの黄金期"と呼ばれる時代と、目の前に広がる景色は何も変わっていない。

ビート、ラップ、詩――商業の流通から消え去った現代のヒップホップの姿が地元とネットという水面下で生きながらえている。下のPillの姿とJay-Zの姿をあわせて見れば一目瞭然だろう。



Thursday, November 19, 2009

U2K - NIPHOP & AKLO - A DAY ON THE WAY





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「HIP HOPで一番大切なことは目新しくいることなんだ。新しいなにを買ったとか、まだ誰も聴いたことのない新しいアーティストの曲をiPodに入れて聴いてるとか、そういうことが大事だろ? 逆に言うと、このビジネスで生き残るためには常に誰かのiPodに入れてもらわなくちゃいけないんだ。それには、iPod に入れたいと思わせるだけの価値あるものを作り続けなければいけない」(Jay-Zインタビュー

サイコロ一家のU2Kは自身のMIX CDで、"日本語ラップ"ではない新しい概念"NIP HOP"を旗揚げし、新しい時代のラップとビートのスタイルを模索する。Remmah the Dopest Drug(=Hammer Da Hustler)等のアンバランスだけども緻密なビートと、ルーズだけども端整なラップ、そしてほとんどがヘイター攻撃と"NIP HOP"ボーストという無意味なリリックからは、SEEDAの"エモさ"の部分ではなく"スワッグ"の方に大きく影響を受けていることがわかるという意味で、「リアルな内容の作品=優れた作品」という価値観から外れた、まったく別の価値観を育む世代が現れつつあることを予感させる。新しい概念を立ち上げ、新しいスタイルを模索し、新しい世代である自分を誇るU2Kの価値観とはつまり、「リリックがリアルであること」がヒップホップなのではなく、「新しいスワッグを持っていること」がヒップホップなのだという考えが基点にある。"ラップする内容(叙情性)"ではなく、"スタイルやファッション(叙事性)"にこそヒップホップの本質を見出す。

この11月にフリーのミックステープ"A DAY ON THE WAY"をドロップしたAKLOも同じような価値観を持つ。SEEDAとVerbal両者のフロウを混ぜ合わせたようなラップスタイル。Jay-ZやT.I.やRick RossやDrakeの最新曲/ヒット曲の上でラップしテーマを再解釈して自分の曲に仕立てあげてしまう姿勢。インテリっぽさを漂わせたオルタナティブ方面での経歴。あらゆる面で胡散臭さが鼻につくが、それでも、Hammer Da Hustlerのビートと、AKLO自身の「常にアップデートされる音楽にこそ未来がある」というヒップホップ観がそのイビツさを埋め合わせ、"A DAY ON THE WAY"にUSメインストリームに通じた"スワッグ"を付与する。「アメリカのヒップホップは確かに面白いよ 漫画みたいにいつもアップデートされてさ "やべぇ次、超楽しみ!"みたいな そんな状況を東京でも作っていこうぜ you know what it is man, 闘ってこうぜ i'm a fighter and i'm on fire / 世界中どこ行ったってカッコいいやつはカッコいい 昔カッコよかったやつが今もカッコいいとは限んねえ いつも頭ん中には追求心」("Fighter")

リリックの内容に意味を見出す「リアル志向」の流れから、アップデートされるスタイルを追い求める「ファッション/スワッグ志向」の流れへ。叙情的でリアルな楽曲がリスナーの共感を集めるのに対し、目新しさとカッコ良さを兼ね揃えた楽曲はリスナーへ刺激を与える。

もし、これまで「リアル志向」な楽曲をつくるためにラッパー達が自分の経験を削って表現していたというのであれば、「ファッション/スワッグ志向」のラッパー達は常にアンテナを張って最新のスタイルをキャッチし、自分のスタイルに吸収して曲をつくることになるだろう。US/日本にかかわらず様々な国で発生する流行を自分流に解釈して、新しいスタイルや文脈を常に更新し続ける。カッコよくて面白い物が世の中に発信されてさえいれば表現のネタは永遠に続く。流行のサイクルの早さと共に生存競争も激しくなるかもしれないが、新陳代謝の無いジャンルはいずれ途絶える。「カッコいいは正義!」という彼らの価値観は大変タフなものだけど、これからのジャンル(文脈)を刺激的なものに保つ健全なものには違いない。

「We are yeah i said it we are 新たなmovement 新たな時代 媚売らねえぜ cause i'm just amazin」("Run This Town")

Tuesday, September 29, 2009

SD JUNKSTA -Go Across tha Gami River & Kreva - 心臓





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SD JUNKSTAの面々がそれぞれのソロ作で見せる顔とは違った一面を垣間見せる。"Go Across tha Gami River"が他のクルー物の作品と一線を画している点は、このアルバムが単に自分達の存在をレペゼンしたり、仲間同士でテーマにそってマイクをまわしているだけではなく、「仲間との関係」そのものにフォーカスをあてているところだ。ヤサで仲間と戯れ、愚痴や文句を垂れあって、内輪ネタで盛り上がる。ソロ作で見せる個人のシリアスな一面から、仲間とじゃれあうリラックスした一面へ。"Go Across tha Gami River"は、これまでのクルー物(クルーが注目を受けてキャラ立ちしてから、各々の趣味趣向が反映されたソロ作をつくるという動き)の真っ向から逆を行く。


キック時代から続く"音色"へのこだわりは、NeptunesやTimbalandが全盛だったころの「間を使う」ビートから、Futuristic Swagやダブステップが全盛の今風な「間を埋める」ビートへと変遷を遂げ、立体的な音色の打ち込みと甘美なAORやソウルのサンプル、艶かしい生音のレイヤーが心地よく耳を打つ。Krevaの"心臓"は、国産ではじめて"現在"のUSメインストリームへ対抗できた(Jay-ZやRick Rossなどと並べても遜色ない)、高次元のトラック/メロディを揃えた作品として好事家のなかで語り継がれるであろう、ずば抜けた快作。リリックの内容こそ「大人の男のラブソング」と、今までの路線と変わらないけども、そんな色恋沙汰がもはや耳に入らないくらい自信に満ち溢れたラップスキルとビートのクオリティ。ラブソングだろうが、バラードだろうが、J-POPフィールドのゲストの参加も関係ない。クオリティに裏打ちされた「自信の強さ」さえあれば、優れたヒップホップ足りうることを証明してみせた。USではメロディアスなラブソングをヒップホップに昇華してしまうDrakeが人気を集めているけども、そんな海の向こうの流行すらも"心臓"に太鼓判を押す。

Monday, July 06, 2009

light years ahead of 2009

□ 上半期未来派



The-Dream
"Love vs Money"

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Hudson Mohawke
"Polyfolk Dance"

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Young Dro, Yung L.A., DJ Infamous
"Black Boy White Boy"

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J-Money, DJ Scream, DJ Spinz
"Mr. Futuristic"

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Playboy Tre
"Liquor Store Mascot"

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Gucci Mane, DJ Holiday
"Writing on the Wall"

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OJ Da Juiceman
"The Otha Side of the Trap"

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Drake
"So Far Gone"

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SEEDA
"SEEDA"

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Girlz N' Boyz
"Super Free"

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Friday, May 15, 2009

S.L.A.C.K. - My Space






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ほとんど全てのUSサウスには意味なんてものは無い。だけども、「俺にはハスリングで稼いだ金がうなるほどある。俺のジュエリーや車の輝きはオマエらのとは格が違う。勿論、女にもモテる」というようなリア充自慢を繰り広げる彼らの姿には華がある。彼らにとってはまさにその自慢の中身こそが事実であって、リアルな表現でもあるんだろう。

MINTのmyspaceフリーダウンロードMIXで聴ける新曲、"おまんちょ"はただそのワードを言いたいだけだ。なんて低俗で、中身が無い曲なんだろう。つづけざまに"なんもない"という曲を聴いたら、その名のとおり「金も無い。仕事も無い。女もいない」という主張をしているだけだった。やろうとしていることや軽薄たらんとするその姿勢こそUSのイケてるラッパー達とほとんど同じなのに、言っていることがまったく真反対の「リアル」な内容になっていて、そんなMINT達が「日本産サウス」の方向性を一番正確に指し示しているのかと思うとちょっと目頭が熱くなってしまった。

『ヤンキー文化論序説』で宮台真司は「いまの若い子たちは"自分はこうなりたい"という願望が持てなくなってきている」とようなことを書いていた。つまり、夢を持ってそこに向かっていこうとする姿勢だったり、ダメな現状を打破してより良い生活を送ろうとするような欲求自体が無くなってきているということらしく、なるほど今の時代の「リアルな姿」とは夢を持てなくても淡々と生きている姿なのかもしれない、と何か腑に落ちるものがあった。

S.L.A.C.K.は"My Space"でそこら辺に転がっている日常の風景をラップするが、それは誰もが見たり感じたりするようなありきたりなものばかりで、そこに特別な意味は何もない。スロウなビートのうえでダラダラと気だるくラップするルーズなスタイルとその無意味なリリックはまさしく日本産サウスの方向にあるものだろう。しかし、そんな無意味で、無気力なS.L.A.C.K.のラップにすごく強くリアルな説得力を見いだしてしまうことがある。

「NO SHINE I don't cry'n / 陸海空 Like 気体 / NO BUZY NO MONEY これから先もきっと」("SMG")

「普通の生活して楽しくできればいいと思うんだよ / 余裕の生活なら楽しいことも増えると思うけど」("Think So")

「口からでまかせ 楽しければそれでいいさ / 金無いなら また部屋のスミ転がるさ」("Re-lacks")


S.L.A.C.K.は夢を全く語らない。日常のあるがままを受け入れ、やれることだけやって楽しんでいけばいいという割り切りの中で生きていて、そんな姿を当然のようにラップしている。だから、彼のラップには地方のラッパーが持つような「ドラマ性」は欠片も無いし、不良ラップが持っているような「エモさ」も微塵も無い。彼が描く夢や願望は常に半径10mの中にある。

だけど、一見ドライにみえる彼の体験やとめどない思いつきは、何よりもリアルだ。きっと、誰しもがS.L.A.C.K.と同じように「どうでもいい日常」に過度な期待を持たず、それを右へ左へよけ、適当にさばきながら生きている。ドラマも、夢もない日常を淡々と生き続けている。宮台真司はそれが何よりもタフだと書いていた。

いまや「日常」は、夢や願望が地べたに落ちて渇ききってしまった世界だ。だからこそ、ドライに日常の風景や思いつきを延々と綴るS.L.A.C.K.のリリックが何より「リアル」に、そんな冷めた視線と気だるいスタイルが何より「タフ」に見えるのではないかと思うのだ。


「情報操作 見たこともねぇリアル 信じる根拠そんなのは無いな / 情報操作 教育イメージ 信じる根拠そんなのは無いな / 昨日カッと思いついたもの それがもしくは現実かも / 情報操作 見たこともねぇリアル 信じる根拠そんなのは無いな」("S.H.O.C.K")