Sunday, February 04, 2007

Swanky Swipe - Bunks Marmalade






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Swanky Swipeの"Bunks Marmalade"が想像以上に良くてビックリしていたら、年を越していた。

Concrete Greenの良さの一つは、グライムのMIX CDのように雑多な曲を玉石混合で大味にぶちこむことによってストリート発信感(ハンドメイド感)が増し、あまりカッコ良くないような曲でも「ひょっとして実は物凄いカッコいいんじゃねぇか?」というような淡い期待や探究心をかきたてる作りになっていたところにある。

しかし、そのハードルがあがった状態の探究心を元にして、SDPやSeedaの新作やScarsを聴くと、やはりパッケージ化された楽曲群と、その枠を飛び出なさ(規格外の面白さが無い状態)に幾分ガッカリした。Concrete Greenは良い曲も、良くない曲も、面白い曲も、つまらない曲も、ばらんばらんに詰めに詰め込んで全体的に聴き手のテンションが高くなるように作られているせいか、単一的に良作がならんだだけでは、そのケミストリーに匹敵する興奮は得られない。そんなわけで、Concrete Greenの手法は凄いなぁと改めて感心していたのだけども、Swanky Swipeの楽曲群は、Concrete Greenで聴くよりも単一にパッケージングされたもののほうが断然レベルが高くてビックリしたのだった。

将来がまったく見えず、ふとしたことで足元を掬われるような生活に対する不安や鬱屈と憤りを等身大で描いたことで、「日本でリアルなラップすること」がどういうことなのかを提示した03年のMSC "Matador"は革新的だった。そして、そこでの「ヒップホップ」は単なる「仲間を繋ぎとめるためのメソッド」としてしか表現されていないため、今後の生活を支えるものがなく、仲間と一緒に沈んでいくかもしれない危うさを孕んでいて、そこにヒリついた真剣な説得力があり、何よりもそのアンバランスな感覚が斜め下がりの時代の流れとマッチしていた。そういう面において「ヒップホップ」を「生活の中心(軸)」とそえて、仲間と一緒にあがっていくための将来に繋ぐ希望と格上げした"新宿Street Life"は、その分「ヒップホップ」作品としてのクオリティは上がったかもしれないが、MSCの歪ではあるけども未来への希望が詰め込まれていて、また仲間との連帯感も他のクルーとのソレと近くなっている感じがして、"Matador"の「良さ」が根こそぎ無くなっていて、好きになれなかった。

やはり作品の中で「ヒップホップ」をどのように考えて表現するかが、キーになると思っている。

Scarsというよりも、Seedaの作品に(B-BOY然としたラップにも)顕著だけど、ヒップホップに対する愛情がにじみ出ている分、えげつなさに欠ける。どうしようもない時や、どうにもならない未来を見るとき、「だけど…」といって顔を出してくる「ヒップホップ」を嫌悪する。「ヒップホップ」で過去を懐かしんだり、将来への希望を持ったり、友情や愛を表現する手法を否定はしないけども、いい年齢して定職にもつかないオッサンの「どん底の生活」や「先の見えない生活」の描写に用いると寒々しいものになるから。私は、日本語ラップで表現される「リアル」に「ヒップホップ」の要素が混ざると、表現が格段に落ちるものと思っている。(Rumiの"Hell Me Tight"も、同様の理由で一つのアルバムの世界観がチグハグになり、説得力が落ちていたから好きになれないのに気付いた)

"Bunks Marmalade"の素晴らしさは、勿論ところかまわず「ゲロ」を吐きつづけるBESのラップにあるのだけども、それに加えて「ヒップホップにまつわるキレイごと」には目にも入らないような切迫感があるところにある。そこに現在の生活の描写やどうしようもない思考が入りこむと、そのリリックには更に強靭さが増して、自分の生活への不安までもひしひしと増長させられる。現状の生活に泥団子になって喘ぐようなラップ。目に入る将来など勿論、「ヒップホップ」など無いに等しいようなこの作品が"Matador"から3年経った現在にドロップされて、MSCとは全く違った角度から放られたこの奇跡的な事実に、驚かないわけがなかろう。

2 comments:

Anonymous said...

What remarkable words

Anonymous said...

Without conversations!